どうも人間として生きる才能がないようだ

アスペルガーの就職活動日記〜果たして自立できるのか?〜

ASDと社会復帰:睡眠と食事


こんばんわ!ニトロです。
約3年ぶりに社会復帰を果たして一週間が経ちました。



今のところはとても楽しいです(*^▽^*)

現在は研修中のため、ASDが苦手とする「出勤する時間や場所が毎日違う」ことも
毎日帰りの電車の中で明日の出勤時刻と場所を調べてメモしているので大丈夫です。



本当、スマホのある時代に生まれてよかったです…
生活ノートもiPhoneiPadを同期させて気が付いた時に
つけてるので毎日続けることができます



性格的にマメではなければ強力な三日坊主ですが、
今はこういったメモやノートが「必要」なので
続けています。



ネックだった「睡眠障害」についてですが

・毎日睡眠時間4〜6時間の間
・電車の中で眠気が来ない

ので大丈夫かな…と思っていましたが

昨日が朝から眠たくて帰りの電車では眠って帰宅しました。
家に帰ってなんとか夕飯とお風呂を済ませてベッドで眠り
休日の今日は2回お昼寝をしました
「生理前」の影響もあるかと思います


※生理前〜生理中の眠気
黄体ホルモンが分泌される時期、「プロゲステロン」の中に一般の睡眠薬と同等の睡眠作用があるとされている。体温を上げる為、夜だけではなく一日中眠くなってしまう。女性の体の仕組みとして「安静にして排卵を守りなさい」と脳が働きかけている。『カラダのキモチ』参考生理前の急激な眠気はどうして?原因と対策を知ろう! | カラダのキモチコラム | ドコモ・ヘルスケア


仮にこの眠気が生理前のホルモンによる一時的なものであればいいんですけれど
少し様子見をしてみようと思います。




前の仕事をしていた時と変わったこと

・ビタミンCと鉄分をゼリーで補給
→以前はサプリメントでとっていたのですが効き目は定かではないものの
ゼリーの方が栄養価が高い?のか吸収率が良い気がします。高いしね。

・眠たくてもちゃんとお風呂に入って寝る
→朝が早いのでなんとしてでもお風呂に入ってきちんと夜ベッドで寝てます

・料理をする
→以前は絶対に無理でしたが今は家に帰ってからも元気があります

・映画を観る
→以前は夕飯を食べながらだったりツイッターを見ながらだったので頭に内容が入ってこなかったんですけれど、今はさほど疲れがないのか集中してみることができます

・前もってちゃんと準備をする
→以前ブログにも書きましたが、私は朝全部準備する派でしたが仕事を初めてからは着る服までしっかり用意してから寝るようにしています




こんなところで今日もとっても眠いので
この辺で切り上げて寝ます〜!

おやすみなさい




▼追記

長らくニートをしてた為体重があまりにも
少ないので、体重増量を目標にしています

初日はしっかり食べて胃が拡張したせいか
めちゃくちゃお腹が痛くて耐えられませんでした。

間食も少なかったのですが
甘いものとスープを常備して
休日はダラダラ食べて過ごします

なんとか1キロ増えましたが、生理前の貯蓄かもしれないので生理終わった後が勝負です

ニートと睡眠障害 その2


ニトロです。仕事をやめたので特にすることもなくニート生活を送っています。
部屋が散らかってるので掃除をしてほしいんですけれど全くやる気が起きないですね。

外に出なくても平気な人間なので
【読書、映画、フリマ、電話、お絵描き、文字書き】を中心に
かなり文化的な生活を送っています。

…と、言えればいいんですけれど実際は眠ってばかりいます。
どうしてこんなに眠れるんですかね。不思議です。


そんなニートの生活ログをつけてみました。


外出時間が多い日ほど短時間睡眠になっています。
お昼寝する暇がないからですね。
17日は前日までの過酷な労働の影響か、神経が尖って小刻みに目が醒めて上手く眠れませんでした。
また、仕事をしていた時期も毎日平均睡眠時間は5時間程度だったと思います。

あとは離職したての頃は毎日15時間以上眠り続けていたので、
その頃に比べて脳みそが回復しているので睡眠時間が10時間を越す日はだいぶ少なくなっています。


家にいる時間が多い日は、昼寝も加算して沢山眠っています。
昼寝する寸前は眠たくて仕方ないので寝る以外の感情が吹き飛んでベッドに入って
2、3秒で寝落ちています。気持ちいいですね。お昼寝をした日ほど夜は気持ちよくぐっすり眠れます。

基本的に一度寝るとトイレなどでは起きません。
人に無理矢理起こされても「納得いく睡眠」が出来ていなければ意識が朦朧として倒れ込んで寝てしまいます。



多分、睡眠障害だと思うんですけれど
専門機関に行ったことはありません。



どうしてこんなに眠ることが好きなのか…

①現実とバイバイできるから
②お布団が気持ちいいから
③暇つぶし

自分のお布団はコインランドリーの残り香と自分のにおいがして甘くてふわふわしているので大好きです。
寒い時期はとくにお布団が心地よいので、これからの季節もっと眠たくなるんだろうなあ。


午前中のうちに行動ができるようになったのもここ最近のことです。
学生時代から休日の午前中とは「無」でした。
ないんです、そんな時間帯。睡眠時間です。

今はしっかり休息ができているので午前中に動くことを可能にしていますが
仕事が始まったらどうなるのか不安です。



私の両親はショートスリーパーなので5時間程度の睡眠で生活することが可能なのですが、
彼らよりも圧倒的に休息時間が多いにも関わらずよく眠っていますね。

また、父は「沢山寝たくとも目が醒めてしまうから起きざるをえない」と言います。
お昼寝をする姿を見たことがありません。
なので、私のように沢山眠る体質を羨ましく思っているようです。




私は外に出てエネルギーを使わなくとも沢山の睡眠を必要としています。
これは発達障害による脳の使い方が普通とは異なる為疲れやすいのだと思います。

昔はスポーツをしていたので、大きな大会のあとは24時間以上目を覚まさずに(勿論食事やトイレも行かず)人のベッドでうっかり眠り落ちてそのあとも数日学校を休んで眠り続けていたこともあります。


本を読めば眠くなるし、映画を観ても眠くなる。
不眠に悩まされないようにも思えますが、
鬱状態になると集中力が消えるので文字が読めなくなったりして眠れなくなる経験もあります。


ASDは思考し続ける“
とあります。

思考しない瞬間がわかりません。夢のなかでも一生懸命なにかを考えています。

よく美容師に「ずっと物事考えてるでしょ?頭の皮膚が凝り固まってるよ」と言われます。
トリートメントで放置されるときがあると思うんですけど、
あの瞬間も、私は10分ほど色んなことを考えています。
声をかけられてハッとして、「寝てました?」と聞かれて「考え事してました」と答えます。



もしかして、禅とか瞑想をすれば考えなくて済んだり
リラックスの仕方がわかるのかな。少し興味はあります。

発達障害者にとって就活の作業は難しい


こんばんは、ニトロです。
さっきまで記事を書いていたんですけれどうっかり全削除してしまい
かなりへこみました。


発達障害者は就職活動という一連の工程を結びつけて
就職に至るまでが容易ではないと書いていたと思います。


就職活動…

膨大な情報の中で基準を作り取捨選択:難しい
履歴書作成:自己を客観的に見つめることが出来ず難しい
スケジュール調整:ほかの企業との兼ね合いを見なくてはならず、難しい
面接:知らない土地に行かなくてはならなく乗り慣れない電車を乗り継ぐのが難しい
知らない人と会話しなければならない、しかもロジカルかつ簡略化して。難しい

企業の情報を整理:マルチタスクを持っていないので並行させるのが難しい

終わりの見えない不正解の連続の作業であるため、放り出しやすい。


私はASDなのでアスペを軸に物事を見ていますが、もしかしたらADHDの方はこの一般的な就職活動システムを進めていくのはとても大変なんじゃないかと思い、気がかりに感じます。

古い情報ではありますが、発達障害と診断された新卒が就職できる割合が25%らしく、正直言ってその数字になんら不思議に思いませんでした。また、隠れ発達障害を含めると離職率もとても高く一つの職を長く続けようとすると二次障害を併発したり、行き着く先の鬱病になってしまうなどとても暗い話ばかりです。発達障害者は型にハマれば能力を発揮し、長く仕事を続けることができますが、ミスマッチしてしまった場合に離職せざるを得なくなり、つぎの就労が上記を理由にとても困難であることが現状にあります。





私は学生時代、すでにこの就職活動システムに違和感を感じて一つの企業のみに絞っていました。
複数で並行すると頭がこんがらがる気がしてのことです。

しかし、今回はそうも言っていられないので複数同時進行でフローを進めていきました。
やっぱり大変でしたが、合理化が進む時代の最中「スマホ」による一括管理のおかげで
なんとか形にすることはできたと思います。
あとはスケジュールを詰めすぎないように気をつけていました。
結果も順次に送られてくるので、どうにか処理することができました。


主に使用していたアプリが

・履歴書作成アプリ…楽です。同じ業種ならコピペで改変できるので時間短縮になりました。
写真もカラコで済ませれるので手間が省けます。手書きを馬鹿馬鹿しく思うタイプなので全部打ち込みました。

・メモ…受けた企業のメモや志望動機、メールのやりとりなど全て一度ここに纏めていました。
iPhoneiPadと同期可能であるのでうっかり履歴書を忘れても(!)履歴書アプリにコピペしてコンビニで印刷できるので命拾いします。

・リマインダー…今まで一度も使ったことがなかったんですけれど、めちゃくちゃ便利ですね。
これ、短期記憶が苦手な発達障害者にとって必需品では?私もリマインダーを使い出してから生活が少し便利になりました。

GMAILアプリ…今までの非じゃないくらい毎日メールが届くようになったので初めて管理を始めました。徹底的に管理はできてないけど、あった方が数段便利です

・就活アプリ…必須ですね

・グーグルマップ…方向音痴なのでこれがないとたどり着けません

・乗換アプリ…これがないと電車に乗れません(計画が立てられません)遅延情報も教えてくれるので助かります

・朝とけい…目覚ましと家を出発する時間を音で教えてくれます。あとは今日の気候に合わせた洋服も。



私にとって、スマホのある時代を生きることができて良かったと心から思います。
逆にスマホのない世界だったら一体どうなっていたのだろう。
もっと悲惨な道を辿っていたかもしれません。



幸運にも合理化進む社会を生きるニトロですが、
その中でも大変に感じた就活の思い出をいくつか挙げていこうかと思います。


1つに、ASDは事前に計画を練り、イレギュラーが発生すると対応できなくなる弱点があります。

私の場合もそうで、一つ困ったミスをしてしまうと修正し起動に戻すまで少し時間がかかります。
時間がかかることを見越して、多分に時間に余裕を持たせて行動を取っています。
なので、基本的には計画通りに事が運ぶため、めちゃくちゃ時間が余ります。
※発生したミスを修正してもやっぱり余ります
余ることに対して何をすれば良いのか分からず、トイレに引きこもって毎度時間潰しをしていました。


2つ目は、言葉の簡略化
仕事では定型決まり文句さえ身につけてしまえば簡単ですが、面接はそうもいきません。
毎度違う角度から色んな質問をされて相手の意図を深く考えこみ、アウトプットする頃には
1から10まで長々と説明してしまうシーンが度々発生していました。
言葉のまくし立てです。これこそ、ASD特有の例だと思います。


3つ目に整理整頓が苦手
どうも、私は整理整頓を必要としていないようで、鞄の中に何が入っているのか把握さえしていれば良いと考える傾向にあります。整理した日に限って忘れ物をするのであまりしたくありません。ただ、書類がぐちゃぐちゃになってしまうことは少しいやでした。このことが長年の悩みといえば悩みでしたが、突然閃きました。
クリアファイルを鞄に1つ入れておけば、書類がぐちゃぐちゃにならない!

20数年生きててこんな簡単なことに気付けない愚かさですが、
私にとってクリアファイルはとても画期的でした。
意外と、出掛けると外部からいろんな資料をもらったりする場面に遭遇します。
それに対処できていなかったんですけれど、これからはクリアファイルを入れることで
書類管理のできる女に成長しました。

今日も銀行で口座開設をした際にたくさん資料をもらいました。
透明のファイルに入れることでわかりやすく管理が出来て非常に満足しています。




あとは…服装ですね。



当初は「この暑い中ジャケット!?」と大反対の心情でしたが
鏡に合わせてみると一瞬で大人しくなったニトロです。


どんなに真夏日でも基本的にジャケットを着用して
面接に挑めとどのホームページにも記載されてました。
憤慨しながら半袖の上にジャケットを着ると
「なるほど…確かにビシッとキマる…」と納得せざるを得ませんでした。

それでも今年の殺人的猛暑日の連続は命の危険を感じ、
厚手のスーツで炎天下数分歩いただけでめまいがして熱中症寸前だったと思います。

どこの企業も「暑かったですよね」と声掛けはしてくれましたが
「水を飲んでください」とか「ジャケット脱いでもいいですよ」とは
言って貰えなかったので瀕死状態で受け答えしていました。


試しに「2018年の猛暑日を反省して2019年の夏の就活はアロハシャツオッケーです」ってお触れが出たとしても、きっとみんな見栄えの良いスーツを着てくるんだろうなあ。いっそのことアロハシャツ強制ですくらい言ってほしいよね。

ASDにとって服装を決めてくれるのはありがたいです。
自分でコーディネート考えるのに何時間も掛かっちゃうので
ぶっちゃけると、このマナーだけはニトロの型にはまりました。


そういえば、当初はスーツ屋に言われるがままに買ったシャツを着て面接に行っていましたが
開襟シャツが似合わないので途中から自前のフリルやリボンのついたカットソーを着て面接に行きました。
普通に面接受かるので、ジャケットできちっと見せることが大事なんだと思いましたが世間知らずなので正解はわかりません。多分、金融とかだとNGなのかな。知性を見ずに服装で落とす企業も企業だとは思いますが。

ニート期間中に体重が落ちたしまったニトロは家にあるボトムスがどれもサイズが
合いませんでした。腰からずり落ち、くるくる回ってシャツが出てしまうので
みっともなかったです。スーツ屋に5号は用意がなかったので自分でウェストを詰めて着ていました。


あとは就活パンプス!
これ、すごく良かったです!
ストラップが付いているので足も楽ですし、すごくフィット感があったので
長時間履いていても疲れなかった。


1万円くらいで買えるし、就活以外でも活用するシーンが多いので女性にはオススメのパンプスです。

ASDと過眠症

こんばんわ、ニトロです。ロングスリーパーです。
今日は久しぶりに過眠症が出たので
自分の症状を例に記事にまとめたいと思います。


発達障害を抱える方はなんらかの二次障害を発症しやすいと言われています。
その理由として主に、脳みその使い方が定型とは違う為体のエネルギー消費量が多く
通常の生活リズムでは整えきれないので慢性的体調不良になりやすいのだそうです。


ニトロもASDとして生きている中で最も顕著に出ているものが睡眠障害です。

半端じゃないほどに出るので、日常生活は正直つらいです。
というか、みんなもこんなものとして生きてると思っていたら
そうじゃなかったことが最近わかったのでどうしたものかと悩み中です。



先月から、このような表でsleep rogをまとめるようにしました。


だいたい寝る時間:AM1〜2時の間
だいたい起きる時間:AM10時ごろがベスト 休日は11時〜12時たくさん寝たい欲求が強い
睡眠時間:8時間がベストだが、毎日4〜11時間と極端であり変動的で月5時間が平均睡眠時間となる
早朝の5時か6時にふと目が覚めるが、起きるまでに至らず、すぐに寝落ちる。体が起きる準備を始める
一度もトイレに起きたりしないので意識が戻って朝の行動に移すとき尿の量がすごい※
お昼寝をしたのは統計を始めて以来、休日の3日だけ


※トイレを何十時間も我慢できるのですが、医者にかなりひどい感覚鈍麻と言われました
本当は暇さえあれば行くので人より回数は多いですし、覚えてる限り最長17時間我慢ができます
今まで一度も膀胱炎になったことはありませんが、もしかして無自覚のうちになってた…?
また、寝てる最中にすごくトイレに行きたい!と思ってもすぐに意識を手放してしまうため尿意だけでは起きれません。失禁してしまう夢を何度もみたことがありますが実際おねしょは2歳以降一度もしていません。
いずれトイレエピソードもブログに書きたいと思います



睡眠ログの手書きの理由としては、
今までも何度かアプリで睡眠時間を管理しようとしてきたのですが
どうも寝起きだと自分の行動をコントロールできず
アプリに記帳する動作をルーティンに組み込むことができなくて
失敗を繰り返してきたので、
アナログな方法として朝食卓につく位置に用紙とペンを置いて
書くように習慣付けたらなんとか今日まで毎日続いています

(時々忘れてるのか日付がずれています…本当に朝は弱くて…ダメですね)



グラフに記帳を始めてから約1ヶ月経ち、今日久しぶりに睡眠障害が出ました。


まず前提に、仕事をしていた社会人の間は常に眠たく、夕方をピークに強い眠気が襲ってきて
歩き回る仕事の最中でも眠気がぐんぐんきて意識が飛びそうでツライ生活していました。
今思えば本当に当時はよく頑張っていたと思います

…学生時代からも常に眠たかったので「眠いが当たり前」だと思っていました。


離職して1ヶ月は誰にも邪魔されずこんこんと眠り続け、
今までの不足分を補う勢いで惰眠を貪り続けました。
そして、だんだんと睡眠リズムが狂い始め、
全く寝付けなくなり睡眠導入剤を服用し、

飲んで気絶→疲れて起きる→服用中止になります

いくつか服用した中の一つが麻酔掛けられたみたいに気絶して夕方まで意識が戻らなかったのが怖かったです
このことを主治医に相談すると「ニトロさんはロングスリーパーかな?」と聞かれました
これも3年前のことなので薬名や詳しいことは覚えてませんが、
元々ロングスリーパー体質の人が不眠になって薬を処方されると効きすぎてしまうのでしょうか?
夜眠れなくてもニートであるため困ることもなかったので、
運動療法で睡眠時間を自然に戻すことにして以降、睡眠薬は一度も飲んでいません
(出不精なので運動も一切していません)
時々朝まで起きてしまうこともありましたが、基本的に正午ギリギリに起きる人間なので
その日のうちに調整できていたので、ニート期間中はほとんど昼夜逆転することはありませんでした。

理想は
2時に寝る→10時に起きる8時間睡眠ですね
7時ごろから二度寝を繰り返して徐々に目を覚まさせると
気持ちよく起きれます。


また、ニートを脱出して
ここ数ヶ月の変化としては…

5〜9時間拘束の仕事と就活と休日のランダム
日々変化のある生活で、完全に何も予定のない日は少なかったが、
自分の中で丁度よいリズムだったため仕事の疲れも全く出てくることなかった
仕事開始時間は10時と遅め、退勤も22時だが負担にはならず

◎どの日も起床時間が遅かったのでリズムが作りやすかったことが睡眠障害が出なかった理由に挙げられます




そんな中で

睡眠障害が出た日

夜更かしをしてしまい、朝寝坊します。
自分の「意思」ではなく強制的に起きる時間だったために
脳味噌的には不本意で、「起きるのを失敗した日」として
一日中生活しなくてはなりません。

私はこれを「低血圧」と呼んでいます。
顔色も唇も真っ白、体温が低い、意識が上昇せず薄い殻が全身を覆う感覚
世界と自分を隔ててる不思議な感覚がずーっと続きます
離人症?現実感の消失などは感じません。ただただ自分が動けないだけです。
感情の数が少なくなるので人との会話もぎこちなくなります
締め付けるような頭痛が続き、胃も動かないので食事が満足に摂れず
詰めすぎると吐きそうになります。


よりによって初めての職場で、初めてお会いする人ばかりだったので
印象は最悪だと思いました。でも2日間だけなので気にしない。
そのことよりも労働形態が大変でした…

ロングスリーパーとはいえ極端に睡眠時間が少ない3時間の日とかでも
脳みそが「納得」して起きた日は上記のような症状は全く出ませんし
寝る1時の時間帯まで眠気は襲ってきません。

「納得」させる睡眠の質が課題なんだと思います…
寝坊はできません…



初日を終えてめちゃくちゃ疲れていましたが
寝る時間はいつもと変わらず。
そして起きる時間も早めに設定して、
2日目は普通に調子が良かったです。

頭痛もないし、曇った感覚もないし、元気。
仕事は変わらず大変だったので帰宅してから
どっと疲れてすぐにお風呂に入り
寝る時刻は変わらず2時。



そして待望の休日

2日連続で早起きしていたので、一度6時に目覚めて朝食を摂ります
それから全身筋肉痛と、背中が痛かったのでストレッチをしたり
ホットアイマスクをして神経を緩めました。

お腹を満たすといい感じの微睡みがくるので、
この心地良い感覚を愛しながらばっちり12時過ぎまで寝ます。

用事を済ませるため準備をして午後に(いやいやながら)お出掛け
なんとなく、疲れが取れず家を出る前から頭痛と身体中の軋み。

夕方ごろになると強い眠気が来るので帰りたくてたまらない気持ちになります
家に帰ってからは「眠る」以外の選択肢が消えるので
最低限の「化粧を落とす」ことをしてベッドに飛び込んで泥のように眠ります

21時頃に目が覚めて夕食をとる為に気力だけで起き、ソファで寝落ちますが30分かけて起きます
この時間が最も眠気が強くて死ぬ思いでした
そのあとお風呂に入って明日の準備をして今に至ります。


本当はお絵かきもしたかったんですけれど、夕方のお昼寝のせいで時間が押して
現在1:30です。明日も午前中から用事があるので早く寝なくちゃなりません。


ASDの体質としてすごく疲れやすいことがわかって以来
意識的にビタミンを摂ってみたり鉄分を摂取したり、
嫌いなグレープフルーツジュースクエン酸に期待をしてみたりしていますが、
一回の睡眠だけでこの2日の疲れはとれませんでした…


今現在は元気なのでさっきの昼寝で調整が取れたんだと思います。
そろそろ歯を磨いて寝ます。おやすみなさい。

2018年 発達障害とブランク数年と就活 ざっくばらんな話


ニトロです。
なんとか内定が出たので下手なことがなければ
就職できると思います。このまま就職させてくれ。

かなりブランクが空いていて不安しかない女の例ですが、
ざっくりと一年のスケジュールを
書いていこうと思います。

ブランクを不安に思う
誰かの参考になれば幸いです。





2018年

1月

どうやって年を迎えたのか覚えていません。
今年こそは就職できますようにと神さまにお願いしたと思います。
急に思い立って海外に行ってきました。
長期の旅行はニートになって初めてでしたが、余裕でなんとかなりました。



2月

自信をつけたニトロは国内旅行しまくります。
旅のしおりを作ったり計画を練ったり楽しかったです。
旅行して一月が過ぎ去りました。月日が経つの早すぎて泣けます。


3月4月5月

特に何もしていません。
典型的なニートとしてぼんやり過ごしていました。


6月下旬

底つきそうな口座に心臓がばくばくして、急に派遣サイトを見始めます。
登録が簡単すぎて深夜3時にあっちこっちに応募して
翌日朝に登録を促す電話がひっきりなしに掛かってきました。

一週間毎日都心部に出て登録しに会社に行きました。
一週間予定が埋まるのは何年ぶりでしょうか。

結局、未経験だと仕事全然ないですって言われて、
急にやる気をなくし登録するだけしてどこにも面接しに行ってません。

なんていうか、派遣にも倍率というものがあるのを知って
自分に職はないと早々に判断しました。

一社だけ、将来的正社員雇用ありの電話がありました。
判断基準がないまま「その話受けます」と言ったものの
その後詳細メールを送ると言われたにも関わらず、来なかったです。

派遣会社側から連絡すると言われて担当も決まらないまま
音沙汰が3社なので信用が構築できませんでしたね............
なんでこんなにガバガバなのだろうか.............
ていうか、見捨てられてる、、、、、?

因みに大手からは毎日メールが来ます


有名巨大企業系列の派遣登録しに行った時に、本格的な面接を受けさせられ
びっくりしましたがこの経験が正社員になろうと決意の一歩になりました。


7月

派遣登録で外部との接触に慣れたニトロは
転職サイトに登録します。

web履歴書を作成し、ブランクokを検索にかけて気になるボタンを押しまくります。
そして応募歓迎が来た企業から順番に応募していきました。
判断基準は住宅手当があればいいかなくらい。
ブランクがネックなので数打ち戦略でどんどん応募していました。

そして書類通過した企業からメッセージが来るので予定を合わせて一次面接です。
なぜか通過率が良かったので、面接の予定をたくさん入れましたが一向に次へ進めません。

この年、異常気象により40度近い気温の中長袖のスーツは気が狂うかと思いました。

ハロワにも行ってみました。職員の方々は優しく話をきいてはくれますが
あまりこの就職に関して詳しい様子でもなくてブランク?大丈夫大丈夫な
感じだったのが逆に不安だったのと、パソコンの情報が読み取りづらくて
結局利用したのは一度きりです。特に活用することはしませんでした。

また、エージェントによる就職活動もしてみました。
担当が「ブランクはマイナスになります」と言って
望んでいない接客業ばかり紹介されます。
一度だけ面接してみましたが、うーんって感じでした。


とある企業から落とされた理由について「面接態度や経歴に問題はなかったが、体調不良という不安要素を拭うことができなかった」と言われました。この意見が今後の参考になります。



8月

7月に手ごたえが全くなかったのと、8月になってさらに酷暑になり出歩くことが嫌になり
一次面接を断りまくってクールダウンの時期になります。

バイトをしようと思い近所の施設に登録したら面接もそこそこに即合格し、翌日から働き始めます。
これが転機になったのは肌身で感じます。

(ちなみにこのバイトも大変だったのでまたブログに書きたいと思います)

また、発達障害を強く意識してブログを立ち上げ
就労支援機関に登録し、活動の幅を広げました。


新しいことを初めて数日後に7月分の応募していた企業面接。
まだバイトに一回しか行っていないのになんと一次面接を通過したのです。
びっくりしましたね。

でもお盆まではバイトしたり休憩したりの日々です。
そして第3週にまた応募を始め、やっぱり書類通過し、一次も通過し始めます。

それからまだ一社も内定が出ていない状態の時に、
働いていた施設から事務員をやらないかとのお誘いをもらいます。
総務の方が私を認識していたらしく、仕事ぶりを評価してのことでした。
雇用は派遣なので、派遣会社から連絡があり、すぐに顔合わせになりました。

仕事内容も待遇も魅力的で計算すると年間で100万は貯金ができます。
それに、17時半定時で家とも近いため18時には自宅に帰ることができて
ASDを持つ私にとって、どう考えてもこの選択はありなんです。

ただ、この時に最終フローが2つあり、私の最終目的は正社員だったので
返事を待たせてもらいました。

内定がたので、このお話はお断りしました。
今でもこの選択が正しいのか判断はつきません。


せっかく内定が出てもう一度都会に出るチャンスを掴んだとき、
これを断ると一生後悔するような気がしました。
都会に出れば一人暮らしになるので貧乏生活が始まります。
また、ASDとして気をつけるべきこともまだ把握しないままで
就職が決まってしまいました。

不安の方が大きいですね。このままで大丈夫だろうか。
でももう、後戻りもできないので私はこのまま前に進みたいと思います。


ちなみに内定が出た企業は、規模が小さいので経営者と近く
自慢なことは居心地の良いオフィスで、社員思いだそうです。
環境は見た分には緩く、社長は変わっている私を気に入って下さってる、と思います…

まだわからないですけど。
約2ヶ月強で就活が終わったので、長期化しなくて胸をなでおろしました。







この就職活動を通して思い知ったことは、

空白期間…ブランクと退職理由は何を言っても無駄でした
しかしバイトを始めた瞬間から一次面接通りまくったので
就活を始める際に空白期間が半年以上ある人は、
短期でも派遣でも、とにかく履歴書に最新の職歴を書いた方が面接突破しやすいです。



そもそもの順序として、空白期間が長い人は社会復帰を考えた時にまず

就労支援サービスを受けて社会性を取り戻す

週1からでいいのでバイトを始める

嘘でも実績を作ったら就活


これが最も負担の少ないルートかと思いました。
しかし、この段階が叶うのはある程度の都会じゃないと難しいのではないだろうか?
ニトロは地方都市の栄えた地域に住んでいるため、外出は容易でした。
しかし、もしもう少し外れた地点に自宅を構えていたら、近所に働きに出るような環境なんてありません。
逆に、都会に住んでいたら正社員を目指すことなくさっさと派遣登録してフルタイムで働いていたと思います


就職活動中、真っ当な人が一度鬱なり適応障害なりの理由で離職した場合の社会復帰の難しさに社会からの拒絶を感じました。ネットにはネガティブな話しか載っておらず、しかも10年前の話が新鮮味を帯びてまるでそれが一般常識として浸透してるかのような顔をして置かれています。

ただ、社会の拒絶というのは私の「衝動」にも問題があったので
バイトを初めてからは社会の対応がすっかり変わり、すぐに内定が出ました。



ニトロはほぼ自力で内定を取りました。
ブランクさえなければもっと簡単に転職できたんだろうなと思います。


ただ、自力とはいえ色んな人に会ったり面接の失敗を踏まえた上で
9月に急に内定が出始めたので、ただ闇雲に就活に専念するだけでは
ダメなんだなあと思いました。


発達障害の影響で発想が極めて貧困で全体像を見通すことが難しいです
(これについては診断結果が出ています)
本当は誰かに頼りたかったし、導いてほしかった
もっと、社会の福祉制度が合理的かつ身近にあればニトロも苦労することはありませんでした。
無知は罪です。でも、その知識を得ようとする行為が難しくて、それで発達障害者は社会から
阻害され這い蹲る構図ができています。上手に活用している総数なんて少ないんじゃないですかね?
実態を知る由もありません。


ニトロは、稚拙ながらもなんとか模索し、解決しようとする力があります。
言ってしまえばタフな方です。これも脳に備わった機能なのでニトロの人格というよりも
アスペルガーとしての特性が強く出ているために、今上手く機能して社会に戻ることができました。
でも、もっともっと自閉傾向が強かったら?
もっともっと、人と喋れなくて、一生懸命やってるのに結果に結びつかなかったら?
そして周囲に導いてくれる人がいなかったら?

そんな存在が大勢いるような気がしてなりません。
でも、何度も言うように私は自分以外のASDの人を知りません。
ASDと診断されながらも上手に社会を生きている人もいるだろうし、
反対になぜか生き辛くて、でも原因も解消法もわからなくて、孤独な人もいるかもしれません。


ニトロは、一つの指針になりたいと思いました。

自分はほぼ定型に近いASDです。
それでも、人生はマイノリティな方へと追いやられています。
定型に近いくせにASDの存在感はとても大きいです。なのにASDの特別な才能は持っていません。
つまり欠けたものも大きく、普通の人とは埋めようもない溝を持っています。

とても生きづらいです。
でも、自閉のおかげである程度楽に生きているのも事実です。

次こそは上手く社会に組み込まれてドロップアウトすることなく人生を送りたいと思いました。

ニトロちゃん、生まれて初めて発達障害の人と会う

ブログを読んで下さった方から


>また、これから自分は自閉症を持った人に直接会って話してみたいなあと思ってるのですが。ニトロさんの記事で就活の時にそういった活動をされたと書いてありましたが。どういった方法でそういう繋がりを持てたのか、とか実際会ってみてどんな感想を抱いたとか、もしよければ記事などにしてくれたらうれしいです!

とリクエストをいただいたので記事に纏めたいと思います。


ニトロが就活を通して発達障害の方たちと会ったのは
就活支援機関を利用したときです。


まず、きっかけは面接でお祈り続きにより社会からの拒絶感に絶望したニトロは
帰りの電車ネットで「ブランク 面接 落ちる」だの「面接 突破できない」だのと調べていました。

日頃から発達障害について検索していたせいか、
広告に「発達障害の就職サポート」といったサイトがいくつか出てきていたので
前々から存在は知っていましたが、これまでの人生でそういった機関を利用したことが
なかった為、かなり躊躇しました。

ASDにありがちな思考回路です。未知のものに触れたがらない性質)


小学生の頃に診断がくだっていた自分は「今、この就職支援を受けるべきなのでは?」と思い
ある程度の情報を調べた上で一番開放的な雰囲気を出していた支援サポートのサイトを開き
すぐに電話をして機関に予約を取りました。





それから面談の日が来て、概要を聞きに伺いました。



ニトロが行った先は「最終的に就職の定着を目指す機関」ではあったものの、
発達障害を起因とした生活リズムの乱れや社会性をここで養うことを主題としていたので
かなり肩透かしを食らい、戸惑ってしまいました。

なぜならニトロは既にこの時、派遣で仕事をしており昼夜整った生活を送り一応社会に順応していたからです。
早く就職したいニトロに対して、焦らないで大丈夫と言う職員の方に温度差を感じたのも事実です。
また、ハローワークのような個人面談ではなく毎日決まった講義を通して集団生活や社会性を身につけ技能を身につける言わば学校のような形態をしていました。



私としては、発達障害という診断に基づいた自覚はあるものの
それにどう対処し、そして就活に活かすことができるのかを
知りたかったので欲求とここで受けられる支援内容はだいぶ差異があります。


それから体験を受けさせて貰いました。
この時にニトロは他の受講者の方々とお会いする機会に恵まれました。

色んな方々が利用されていて、そして最も驚いたのは
誰しもみんな、優しくて、おっとりしていて、思考回路が美しかったんです。

本当にこのことについては、涙が出そうなほどに感動しました。
発達障害を持つ方というのは10人に1人と言われるマイノリティな人種でもあります。
その比率が逆転し、職員含めて発達障害の方が多い環境というものに初めて身を置いて
こんなにも居心地が良いものかと驚きました。

例えば、似たような環境の学校で自分を当てはめると
自分のペースを守るために自閉世界を作り独善的な態度で
人から少し距離を置いて講義を受けます。
処理速度についてかなり数値が振られているので
何に関しても動作の速い私は誰よりも速く作業を終えて、
時間を持て余し、スマホをイジるのでイケ好かない女の子の印象が付き纏います。
次第に定型の人々も作業を終わらせると同じタイミングで作業を終えた近くの友人と
お喋りを始めたり空気が緩み始めますが、私は硬いまま最後まで同じ姿勢を崩さず終わります。
このちょっとしたみんなとの違いで変わり者として呼ばれてしまいますが、自分は変わりたくないので放っておきます。

ところが、ここの機関ではやはり私は作業スピードが速いことに変わりはありませんでしたが
全員が自分を守るために自分と他者に線引きをして生活しやすい環境を整えていました。
一生懸命にものを考える姿勢にも好感が持てますし、その思考回路は理路整然としていてどの方からも
知性を感じ、単純に、すごいなと思える人しかいませんでした。本当です。
それに私のこうしたスタイルを変に思う人もいませんでした。
全員が自主性を大切にしていたので浮くことがなかったのです。
馴染む努力をする必要がない点はノンストレスですね。


また、おっとりした人が多いことについてはもしかしたら地方都市という地域性も出ていたかもしれません。
このことについては、ニトロが仕事を辞めて派遣として初めて地元で働き、地元の人の方言に驚き仕事の速度に驚き、そして案外優しいことを知りました。






さて、ここで受けられる講義内容についてですが既に社会経験のあるニトロからすれば
どれもこれも当然にこなせてきたものばかりでした。
日本人として上手く生きる基本を教えようとしていました。


この時、なぜ世間知らずの凹凸を持ったニトロが
しっかり時間を守ったり、人とコミュニケーションを図るポーズを取ることができるか
一つのことを思い出しました。小学校6年生のときの担任の先生のおかげです。

担任の先生は、太っちょで体も声も大きい40代の怖い先生でした。
その厳しさから生徒たちからは恐れられ、嫌われていました。

実はこのことを思い出す今の今までこの先生について
良い印象を持ってはいませんでした。
先生が口を酸っぱくして何度も言っていた言葉は現在の私の行動に染み付いています。

5分前行動(授業前に教科書ノートを並べる)→次の動作をスムーズに行える
廊下を走ってはいけない→人とぶつからない
人の話を聞く時はおへそを向けて、頷く→人との信頼関係の構築

この教えは理にかなっているので今でも大切に守っています。

たぶん、5年生までも誰よりもきちきちっと学校生活を送ることはできていましたが、
言葉として律するものを繰り返し教えてくれたのはこの先生だけです。

この先生のやり方は、ASDを持つ私にとって最もわかりやすい教え方だったんですね。
とても遅くなってしまいましたが、先生に感謝しています。


話は戻りますが、そんな小学校で習うことを大人になって勉強し直すことはとても退屈でした。
一生懸命難しい方へと議題を分解し再構築させてレポートを提出して違う意味で大変でした。



私は、持て余していましたね。


きっと、今ここにいる人たちは私のように的確な言葉で教えてくれるような先生と
出会うことができなかったんだと思いました。

私の時代はまだ発達障害という言葉自体が知られておらず
教育界でも浸透していなかったと思われます。
なので、私のようにちょっと変わった子供は40人以上在籍するクラスを
コントロールする上で邪魔にならなければ徹底的に排除傾向にあったかと思います。

また、次の記事で先生たちとの関係性を書きたいと思います。




ここ就労支援機関でいちばんの収穫は発達障害の方との接触でした。
私は私以外の発達障害を抱える人と会話をしたことがなかったので
大変興味深いものでした。

こうして他の人と会い、話すことは自分を客観的に測ることができます。
私は他の人たちとコミュニケーション能力の点について比較すると
かなり軽度なものであることもわかってきました。


なので、他の方たちと比較して自分の位置は

極めてボーダーラインにいるものの、脳の使い方や考え方の特徴はASDそのものです。
また、ADHDの傾向は極めて低いので凡ミスは少なく
ASDが作り上げたマイルールに基づいてほぼ完璧に近い状態で日々の生活を送っています。


ちなみにいうと、私は強迫観念についても薄いです、、、、
ただ、ないとは言い切れませんね。
ないけど、このルールで困るどころか脳みそ省エネ化が進んでいるので
機能としてありがたく感じています。





私はもっと、個人個人のASDの話を聞きたかったのですが
休憩時間が極めて短いので誰かと個人的に話すことはなく
講義を通したワークのみが唯一のコミュニケーションでした。

数日の体験を通して楽しかったのは、私以外の発達障害を抱える方々と
お会いできたことです。
また擬似的学校も面白かったです。
しかしその内容は退屈で苦痛に近いものがありました。

あとは、生活リズムを整える目的があった為
朝早いのも私には苦痛のほかならなく何度も電話で
休みの連絡を入れました。



以上体験談です。

発達障害のことをもっと知りたいので講演会などに
参加してみたいんですけれど、ネットで調べる限り
私が行ける範囲内では行われていないみたいですね。

度重なる震災、心よりお見舞い申し上げます


つらい報道が駆け巡る日々、心を痛めております。
一日も早く災害に遭われた皆様の生活が元に戻りますよう
祈りいたしております。













以下は、ASDである私の感覚に沿って綴ります。
このように考えているひとつのサンプルとして捉えてください。

日本に歴史的な災害が起きたとき、私はその瞬間に一体何をしていたのか
忘れないように努めています。直ぐに思い出せるように。


9月4日 関西を襲う台風

この日は、私は企業面接を控えておりました。
数日前から直撃すると繰り返し報道がなされていたので
交通機関に影響を及ぶ恐れがあるため
前日午前中に企業の採用担当にコンタクトを取り、
面接日を先延ばししてもらうことにしました。
(後日、この行動は評価されています)


9月6日3時 北海道大地震

そのとき私は大好きなイラストレーターさんと通話している最中に
大きな地震を知りました。ただ、ツイッターでは誰も騒ぐ人がいなかったので
大したことないと思っていました。翌朝ニュースを見て絶句しました。








大きな災害のニュースを見ると、悲しくなって涙が溢れてきます。
今、ブログを打ち込んでいる最中も涙がこぼれそうになって必死です。

実際に被災していない私が何故悲しくて堪らない気持ちになるのか?
普段の生活で、よく知る友人に大きな不幸が降り注いだ際に全く心を痛めない
冷血人間にも関わらず、災害の報道をみると悲しくて苦しくなるのはなぜだろう。

共感性が高いからだろうか
それとも、時間を追うごとに被害総数があらわになり
「時間軸」と「数字」と「感情」が連動するからだろうか


私は幸運にも、人生で一度も被災をしたことがありません
大雨が降って地下鉄が使えなくなって帰れなくなったり
先日の地震で大阪全線がストップし移動ができなくなったり
東日本大震災の際も帰宅難民になったりなど、足留め程度です
いずれも、少しの我慢ですぐに解消されてきました。



災害という目に見えない大きな脅威が未知数であるがゆえに
怖くて泣けてくるのかもしれない
実際、生活が一変しその対応に苦しむのは想像に容易い


ただ、なにより人が死ぬ数が恐ろしくて泣けてる気がします。