どうも人間として生きる才能がないようだ

アスペルガーの就職活動日記〜果たして自立できるのか?〜

いまのお仕事状況

就活と同時に派遣で働くこともスタートさせました。

久しぶりの労働ですが、労働時間を6時間以内に設定しているので意外と大丈夫です。



内容は地元でも有数のホテルでサービス業をしています。
ほかの派遣スタッフに伺うと、私が勤務するホテルは最も大変だと聞きました。


困ったこと、気になることを挙げていきます。


*バックヤードが迷路のよう

棟がいくつもあり、狭い迷路のような通路を扉をいくつも越えて移動しなければなりません。
高層ホテルなのですが、更衣室、事務所、倉庫、トイレ、食堂
全て階数が異なるため頭が混乱します。
なにより場所を示す看板や張り紙がないのが不安要素を大きくさせています。
さらにローカルルールもいくつか存在し、一つ一つを覚えないといけないので
記憶を苦手とする人は当ホテルに強い苦手意識を持ちます。

→私の場合
案内して下さった方の説明がわかりやすく、実はすんなり頭に入りました。
頭の中で地図が作れない典型的な方向音痴なんですけれど何故か大丈夫です。



*教えてくれる余裕がない、超忙しい


びっくりしたんですけれど、右も左も分からないど新人を
失敗が許されない婚礼の場にポーンと出され配膳を担当させられました。
事前に朝礼や共有事項もなしでバタバタした場面だったので尚更恐ろしかったです。

→私の場合
出来る出来ないをはっきり言いました。
でも上の人も余裕がなさそうに専門用語を使った端的な説明ばかりだったので
お互いに意思疎通が出来ていなかったと思います。



*大勢の人が所属



社員、派遣含めて沢山の方がいらっしゃいます。
顔と名前を覚えることが苦手なんですけれど、これも今のところスムーズに憶えています。



*毎回仕事内容が全く違う


ASDの方にとってなにより苦痛な『今日は一体何をするんだろう』が連続して起きます。
今のところ何一つとして同じ内容の仕事をしていません。スタッフも毎日違います。
宴会もビュッフェ、オードブル、事前に用意しきる、ブライダルなどなど
会場も違えば食事の出し方も、テーブルのセットも、全て異なります。


*騒音、人、物が多い/span>

ブライダルはともかく宴会なので仕方ないですね。
頭痛が起こることがわかっているので事前に鎮痛剤を服用して乗り越えています。




初日が本当に大変で、全体像が把握できないままキチキチタイムスケジュールを組まれなにも分からない状態で専門用語が飛び交い、質問も許されないまま放り出されて運がないねと言われる始末です。本来ならば、先輩が着いて一緒に仕事を覚えるのですが私に関しては…実はこの職場だけでなく今まで経験してきた先でも同様に放り出されてその場で覚える→間違う都度指摘され修正していくような叩き上げで仕事を覚えてきました。




自分が適応する分野

イレギュラーに関しても、すぐに動ける
コミュニケーション能力がずば抜けて高く、スタッフやお客さんとすぐに仲良くなれる
意外と迷路のような道も一度で覚えられる(が、記憶の中では道がつくれない)
動作が速い、せっかち



苦手とする分野

周囲を観察し、記憶すること
見様見真似での仕事
自分で判断する
初めて聞く用語を伴った指示
口頭での道案内
マルチタスク(現時点では必要としていません)



メニエール病の一つ、
耳の閉塞感と偏頭痛持ちなので薬は普段一回にしていますが
仕事がある日は朝昼服用することにしています。
今の時点で酷い症状は出ておりません。


自分の特性を意識しながら働いてみると
案外動けるじゃん!なんて思います

では、なぜ私は定期的に体調を崩してしまうのでしょう?
それを探ることができたら良いと思います。

自閉スペトグラムと就活


3年間ニートをして家に引きこもっていましたが

突発的な衝動性の赴くまま、現在就職活動を始めて1ヶ月になります。


なぜか履歴書は通るので、

面接日程を組む→一次面接でブランクを突っ込まれる→お祈り

がパターン化し色んな面接官とお会いする中ではっきりと「適正がありません」と笑顔で言われ10分で終了したり、「なぜ内定が取れないんですか?高望みしてるんですか?」とキツいトーンで言われるなどこのような凄惨たる状況でモチベーションがダダ下がりの中で(もしかして、そもそも会話のキャッチボールが出来ていないんじゃないか…?)と気付きました。この頃になると、履歴書が通ってもどうせ落とすんだろと疑心暗鬼に陥り何社も面接辞退を繰り返しています。


3年前離職した際に主治医の先生に「次こそはきちんと合う環境で働けたらいいね」と言われたことを今更ながら思い出し、私が今やるべきことは



◾️自分を知って

◾️適正を知って

◾️能力を知る

ことなんじゃないかと結論に至りました。






…普通に考えたら分かることだとは思うんですけど、
どうも想像力に欠けていて実際トラブルに直面するまで理解ができません

就活して1ヶ月で気付けたのでよしとしましょう。







私は自身が持つ発達障害であることをコンプレックスに思うことと同時に
サポートなくとも出来る範囲のことの方が多いため、ほぼ定型とみなされます。

しかし実は曖昧な指示の意図が汲み取れず確認事項が多い、額面的に捉える、極論、時間管理がいつもギリギリ(そして守る)、なによりも感覚が鋭い上にストレスを感じにくく我慢しやすい傾向から二次弊害の症状に苦しむことが多いのです。


せっかく、アスペルガー として自覚があり、
かつ三度社会からドロップアウトを経験しているので

4度目こそはきちんと自分を知らないと、これから先も生きづらさを感じながら人生を縮小させて生きなければならないと思いました。


発達障害の方は診断が降りると障害者手帳がなくとも支援を受けることができるそうです
(支援制度について必要性どころか存在自体知らなかったので、診断が降りた時点で教えてほしかった…)


◾️民間企業の就労支援センター
◾️地域の障害者支援施設


この二つを今後利用する予定です。

既に前者は面談を終えてきましたので後日改めてブログに記そうと思います。
ただ、早く就労したいと焦る私に対して「もっとマイペースに」と長期計画を言い渡され
大丈夫かな…と思いました。

ここは社会復帰からサポートをしているらしく、生活リズムを整えることを
第1段階の目標としているので
既に外に出て活動している私にとっては“悠長な!”と言ったところでした。


後者については、適性検査を行なっているので
私が本当に手帳を必要とするのか判断をしようと思いました。

手帳に関しては主治医、親共に批判的です。
私としては同世代と年収に開きが出ていることをネックに思い
「障害者だ」との自覚が少なからずあるのであっても良いかと思っています。
(この考えを甘いとおっしゃるのなら相応の知識をつけたいと思います。なにより周囲に取得する人がおらず実際持つことのメリットデメリットが想像しづらいです)



また同時並行で行なっている一般枠の就活についても現在は消化するのみです。
昨日面接があったのと、2次面接を今後に控えています。




ところで就活といえば適性検査を実施する企業が多いんですけれど、
質問事項がどう読んでも発達障害の可能性を示唆する傾向を自己申告させてるようにしか見えなくて 笑





就職活動、先行き不安しかありません。
他にも何が足らないのか今からでも補えるのか


色んな方の話を聞きたいと思います。

人生 各ステージと発達障害

 

 

🤯←この絵文字、アスペルガー のわたしをよく表しているなと思い気に入っています

 

 

自分をないものとして生きようとするも

あまりにも自我強くて上手くいかなかった。

 

過去ばかりに囚われ未来を描く難しさ

 

自分を無視したツケが回り回って、こうして何度も社会から弾き出されていますが

時代の流れとともに「発達障害」が広く認知されてる今、

 

 

わたしもわたしと向き合えそうな気がします。

 

 

 

自己分析の一環として、丁寧に自分を洗い出していこうと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

生まれ

 

 

世界の社会構造とパワーバランスが変革し、日本ではバブルが崩壊し混乱の最中

なんとも先行き不透明な平成の幕開けとともにニトロちゃんは生まれました。

 

数年後には輝かしい21世紀が待ち構えています。

 

トロちゃんは赤ちゃんの頃、いい時代に生まれたと自負していました。

 

アナロジーな昭和時代が終焉を迎え

IT社会平成が始まったからです

 

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最新のマンションに住み、最新の家電、最新の情報の中での生活は、当時のパンフレットを読み解くに21世紀を強く意識していたのだと思います。

 

今思えばバブルの名残りを残した初婚夫婦は、新しい最新式の生活家電を取り揃えるよなあ…なんて思います。

 

 

 

変わり者の父と母の間に生まれたニトロはやや小さく 2800g でした。

か細い母ではなく、濃い父の遺伝を強く受け継ぎ反映したニトロ

 

両家共に初孫として生まれ、それはそれは親戚一同から祝福されてこの世に生まれ落ちました。

 

 

最初の疑問のうちのひとつが「どうしておじいちゃんが一人足らないの?」でした。

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固定観念の強いニトロの頭の中で

 

父母(2人)、1人につき男女それぞれ親が揃う

ということは、祖父祖母は2人づついるはず。

 

しかし、父方のおじいちゃんが足らない。なぜ?ずっと疑問でした。

まだこの頃は「死ぬ」や「0」の概念が理解できていなかったのだと思います。

 

 

 

ニトロの自我の芽生えは早く、3歳の誕生日を迎える前のことでした。

 

入園前の年ですね。

この時からはっきり、言葉を喋ること、記憶を留め学習すること、好きと嫌いの判断はできていました。

 

自我の芽生え以前のことはさっぱり覚えていなくて悔しいと常に感じ、

何度も振り返ろうとしますがやはり思い出せません。

赤ちゃんだから、何もできなくて当然のいきものだからと区切りをつけました。

 

成長面に話を戻しますと、わりかし早い段階で歩いたり、喋ったりできていたので遅れはありませんでした。

後述しますが神経質でありながらもネグレスト気味の母は、わたしの安定した成長にほっとしてわりかし放置気味にしても大丈夫だということを学習し、その後も最低限のお世話はしてくれましたが放任主義としてニトロを育てます。

 

 

2歳の頃、勝手に文字を覚えたニトロちゃんを父はとんでもない天才だと思い込みました。

 

トロちゃんは、食べることや寝ることお風呂に入ることなど、生活を面倒くさいものだと思いました。

 

赤ちゃんを卒業して二足歩行できるようになってからは「指示」はしてくれても「お世話」はしてくれなくなったからです。たしかに自分一人の力で出来るけど、面倒くさい。しかし、やらないとキーキーうるさい母が癇癪を起こすので「生活」には負の感情しかありません。

 

 

一方で、文字に強い興味関心を持ちました。

 

大人はみんな読めるからです。

 

そこに大事な情報があるとニトロちゃんは考え、子供が読めないのは当たり前だとする風潮を悔しいと思いました。室内のジャングルジムの天辺から見える位置にあいうえお表を張り出して、順番に読む訓練をしました。特に父や母が教えてくれていたわけではなく、記憶の音と推測を頼りに読めるようにしました。カタカナ表は用意してもらえなかったので、車に乗った際に、流れる景色から見える看板を見るたびに読んで口に出していました。読めたときの喜びは、今でも覚えています。

 

 

母が事情で実家に帰り、父方の祖母が少しの間わたしの面倒を見てくれた時期がありました。

優しい祖母だったのでわたしには何の問題もありませんでした。

 

歩くことを面倒くさがる子供でしたが、ベビーカーを強制的に卒業させられていたので変わりに籠に入れられて近所を散歩してもらっていたことを覚えています。

 

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字が書けるようになったのは翌年幼稚園に通い始めてからの授業で習ってからです。

ひらがなドリルをなぞらせるだけの授業だったので、あわよくば覚えれたらいいねくらいの簡単なものでした。

 

 

 

 

幼稚園

 

初めて社会性を身につける最初の難関です。

アスペルガー の特徴を持った子は大変にむずがったのではないでしょうか?

 

もちろん、わたしも大嫌いでした。

理由は面倒くさいからです。

 

幼稚園の卒業ソングに「お迎えのバスが着て嫌だと泣いたこともあったね」って歌詞があったと思いますが毎日それでした。本当に嫌で嫌でたまらないです。何が嫌かもわかんないけど、全体的にダメでした。

 

この頃から既に社会性に巻き込まれる自分を危惧し拒絶反応は示していますね。

 

でも、どんなに嫌がっても小さな身体なので強制的に連れて行かれるんですよね。

そのうちルーティン化されると慣れて素直にバスに乗っていたと思います。

最後まで幼稚園は大嫌いで休むことを許されるのなら休んでました。

 

 

友達

というものが自然と出来る環境だと思いますが、わたしは完全に受動型であり、自らの殻を破ることはしませんでした。あの子は好き、この子は気が強くて意地悪だから嫌い、という感覚に従って特定の子としか仲良くしませんでした。そしてその特定の子に鬱陶しがられていたことも覚えています。

 

人との距離感や嫌われることがわかんなかったんでしょうね。

でも友達と遊ぶことは好きでした。

 

 

 

幼児に見られる特徴を見ていきます

 

 

*一人遊びを好む

 

自閉世界は確実に持っていました。例えば園外実習の時に外に連れて行かれて自由時間に遊べと放たれると、一人で砂を集めたり団子作ってました。ただ、そうしていると他の子も寄ってくるので結局誰かと一緒に遊んでいたと思います。完全なる孤独な子、社会性が一切ないとは言い切れませんでした。

 

 

*ごっこ遊びが苦手

 

うーん、よく覚えているのが、戦隊モノや女児アニメや家族モノの役柄設定を決める段階で希望するポジションに付けなくてすぐに飽きていました。わたしだけじゃなく周囲も集中力がなかったのか長続きしていませんでした。逆に役に固執する子を変だなあ面倒だなあという目で見てたかも。

 

 

*同じ行動を繰り返す

 

好きといえば好きです。理由は脳が気持ちよくて安定するからです。

しかし病質的に繰り返してはいなかったと思いますが、客観的に見ていないのでわかりません。

 

 

*融通がきかない

 

父によくワガママ娘、頑固と叱られていました。おそらくはそのとおりだと思います。

 

 

以上から、

主観的に自分を振り返り、発達障害の特性は持っているものの子供特有の神経質さの範疇に収まるかと思います。

 

 

小学生の頃、アスペルガーだと診断を受けた際に最も印象的だったのが

 

穏やかな子だったので自ら危険なことはしませんでした

 

と母が語ったことです。

 

この時(お医者さまはわたしに犯罪者の資質があるのか母に問うてるのか?)と

別次元に思考を巡らせていましたが、多動性の有無や危機管理能力を伺っていたと思います。

 

 

幼稚園で覚えてることは、

 

*月一程度理由もなく癇癪を起こして時々大泣きしては先生に打たれる

(お寺の幼稚園だったからか、時代がまだまだ昭和の香りを残していたのか、厳しい体罰がありました)

 

優しくて泣き虫でした。感情のコントロールは不得手でしたが子どもってみんなそうですよね?

3歳児に多くを求める方が残酷だと思います

 

*多動性の子供が理解できなかった

いました。ADHDの特徴を持っているのか、まだ自我が芽生えておらず先生の指示がきけないのか。

全く理解ができなかったのでわたしはこの点では社会に順応し、指示通りのことをしっかり聞いて行動していました。しかし、年少組のとき一度だけ給食の時間に、数名が席を立ち窓の外を見ようとして自分もつられて立った瞬間に先生に打たれた時のことを今でも覚えています。先生の顎にはいつも梅干しのコブがありました。怒りやすくて自分に余裕がない先生だったと思います。

 

*気がつくと一人で遊んでる

友達と遊ぶのも好きでしたが、一人で遊んでるのも好きです。砂を大量に集めてハンカチに入れたら先生にめちゃくちゃ怒られたのを覚えてますね。先生、子供に厳しすぎません?それとも大勢の子供を管理するにはそれくらいのことが当然だったのか?わかりません。

 

*先生から愛されない

嫌われてると常に感じていました。理由はわたしの性格にあるのではと幼稚園の頃悩みました。

結局アスペルガーだったから「何考えてるのかわからない子供」に位置して、言うこと指示することは素直に聞けるので腫れ物扱いを受けていたと思います。特別、サポートを必要とする子供ではなかったんです

しかし先生方による疎外感は纏わりつき不安は離れなかったです。

 

本当はもっとお喋りしたかったですね。

この、サポートを必要としない点にも疑問は残ります

 

*休みがち

月に一回は必ず休んでいたので、皆勤賞は夢のまた夢でした。興味もなかったです。

身体が弱いわけではないんですけど、ネグレストな母は栄養価のある食事を作らなかったので免疫力は常に低く簡単に風邪をひいていました。風邪を引くと休めるのでご褒美に感じていました。

強い感染症といえば、3歳の時に水疱瘡にかかったくらいなので本当は頑丈な身体だと思います。

 

 

*言葉の詰まり

卒園を控えた冬に突然、言葉がつっかえて頭文字しかいえなくなる症状が何度か出ました。

おそらくは吃音症です。「お、お、お、お、おはようございます」みたいな感じで最初の言葉が出ません。

意識し過ぎると喋れなくなって、忘れていると普段通りにおしゃべりができます。

 

周りの大人は気付かず、病院に行くことはしませんでした。

しかしその恐怖は今でも続き、喋れなくなる恐怖は付き纏います。

考えすぎると喋れなくなるので、今でも考えをまとめるまえに一気に喋り、整合性を求めながら会話を紡いでいます。

 

吃音症はストレスだと幼児の時点で自覚していました。

観察をすると、だれも、完璧に喋る人はいません。みんな何かしらの癖を持っています。

言語は自由です。呼吸と同じです。

なので吃音症の可能性はもっていても、特に気にすることはありませんでした。

 

あとは、映画などを見ているととりわけ知能の高い繊細な人物に多く症状が描写されているので私は頭が良すぎるから、言葉をたくさん持っているからアウトプット出力の際詰まるのだと脳内で図式化し自らを慰めていました。いやな6歳児ですね、少なからず自分を賢いと思っていたんです

 

 

 

*記憶を留めようとしていた

年中の秋、つまり5歳の頃母のお迎えが来るまでの時間外の遊具で遊んでいるときに気付きました。

時間は流れて、今この瞬間遊んでいる情景も記憶と共に消えてしまう。(短期記憶が苦手)

 

なので、この時より意識的に「この瞬間を忘れないでおこう」と記憶を留める癖が始まりました。

思い出を愛おしむことを、わたしは愛でていたからです。

 

自我が芽生えてから赤ちゃん時代を思い出せないことや、ハンディカメラで昔の映像を見る楽しさがあってのことです。

 

サヴァン能力は備わっておりません。高度な記憶保持や演算機能は持っておりません。

しかし、記憶力がズバ抜けて高く妙な所まで覚えていたりしました。

 

これは、子供特有の脳が柔らかくスポンジ状態だったために映像記憶や暗記が自然にできていたのだと思います。なにより、前向きに情報に対して興味を持っていましたからね。

 

その肝心かつアスペルガーにして唯一の長所、記憶力は今のわたしにはありません。

おそらくは社会に出てあらゆるストレスにより処理能力が回らなくなったからだと推察します。

この点からも、自らをアスペルガーと位置ずけて良いのか迷います。

記憶力がなければ、ただのポンコツにしかならないからです。

 

症状を共有する他の方を傷つける他意はありません。現段階での自己評価についてです。

今まで自己の障害を閉塞的に捉えていたので、考えを改める必要性を支援の方を通じて感じました。

 

しかしまだ現状では、「私は欠陥を持っている」にしかなりません。

 

 

 

 

小学生

 

そのまま校区の学校に進学しました。

雨の日に行われた入学式のことを覚えているんですが、式が終わり教室の戻ると隣にはF君という名前の男の子が座っていました。そして。目の前に用意されたお道具箱からハサミを取り出し、配られたプリントから作品を作る指示が担任の先生よりだされました。

 

早熟していた私は手先が器用だったので早々に切り終えることができました。

びっくりしたのは、F君のハサミと紙の使い方です。

各自創意工夫を凝らしながら切りやすいように好きにハサミを使っていたのですが、その子が最も効率のよいカットをしていたんです。

 

(私の切り方とF君の切り方とどっちが効率よいのかな?私の方が早かったけど、それは急いで切ったからであって、速度を同じにしたら男の子の方が正しいのでは?先生はこの切り方をマニュアル化すればいいのに)

 

Fくんの印象が強かったのは、お母さんではなくお父さんがそばにいたこともあります。

後から聞くと両親ともに多忙な教師だそうです。

Fくんは小学生の時は高圧的な態度で嫌われていましたが、後にそのマイペースさも受け入れられ東大に進学しています。私が初めて、私より知能レベルが賢いと感じた“人”を見た瞬間でした。

 

 

 

 

小学生の私は、ある程度のことを卒なくこなすことの出来る子供でした。

賞状コレクターの面を持っていたので、努力せずに会得できるギリギリのラインを狙って

だいたいの賞状は貰っていました。皆勤賞系は取っていません。

 

(学期ごとのコンクール、夏休みの課題研究、絵画、スケッチ、書道、スポーツ、部活動)

 

校内部での賞状は常連だったので学期が始まる式ではよく舞台に上がって賞状を貰っていました。

とはいえ、自分を優秀だとは思っていなかった理由にもっと賢い子が何人もいたからです。

どの分野でも1番にはなれなかったので、自分のことを平凡だと思っていました。

賞状が頂けたのも当然のことだったので喜びはなかったです。

 

私は校区に所属するスポーツをやりたかったんですけど、母が子供の土日の管理ができず願いは叶いませんでした。

 

 

*スクールカーストについて

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気の強い子がトップに君臨する典型的な図式で、

穏やかである私ですがクラス内で権力を持った子と仲が良かったです。

 

理由を推察すると、ある程度勉強とスポーツができたからでしょうか。

身長が高くよく目立っていたこともあると思います。

あとは…当時流行ってたナルミヤブランドを着てたこともあると思います

 

もう一つは学童に通っていた為、気が強い友達ができたからというのもあります。

 

小学5年生あたりから、友人関係に陰りが見え始めました。

誰かを仲間はずれにしたり軽くいじめて無視することを子供たちが覚え始めたからです。

 

いじめにあまり興味はなかったのですが、だんだんと私に向いてきます。

この辺りから「変わってる」と言われるようになったからです。

無視や仲間外れはまだありませんでしたが、微妙な空気感を感じ始めています。

 

小学6年生になると、一旦そういった煩わしさからは解放されたクラス編成になります。

 

 

 

*学童

放課後から19時まで子供を預かってくれる施設です。

保育園上がりの子供が多く、強気でやんちゃな性格の子が大勢いる環境に放り込まれて最悪でした。

でも、歳の離れたお姉さんに可愛がってもらうことですぐに溶け込みました。

同級生より高学年の子たちに呼ばれることが多かったです。

 

 

 

ここは規律が厳しかったのでどことなく戦時中の教育を思わせました。

放任主義の両親の元に育った私は学童に通ってた2年間で習った躾を今でも感謝しています。

 

幼稚園の頃のような理不尽な叱り方もなく、理に適った躾に文句は一切ありません。

余暇時間はたっぷり遊んでくれるし、甘えても許してくれます。

 

厳しくて怖い先生2名いましたが、子供のことをきちんと見てくれるので大好きでした。

バイトの若いお兄さんお姉さんを頼りないなあと思ってました。

 

ルールといえば、例えば…

 

*食事の前は必ず手を洗い消毒

*食事中はお喋り禁止、髪を触るのも禁止

*口に入った状態で立ち上がってはいけない

 

など、本当に基本的なことです。

私は今までこういった教育がなされなかったので『きちんとした人間』になれると思い喜んで従っていました。

軍隊的というか、規律ある生活は合理化が進んでいるので性に合っていました。

学校よりもずっと過ごしやすかったです。人間関係は大丈夫でした。

 

さらに助かっていたのが宿題を必ず解いて答え合わせまで済ませてくれることです。

4年生になると九九を習うのですが、ここでもしっかり教えて貰えたので学校で困ることもありませんでした。

 

5年生になると鍵っ子になり学童を辞めてしまいます。

困ったのが宿題でした。

どうも、私は学校から帰ると何もしたくなくなってしまうので寝てしまいます。

 

翌朝5時に起きて学校の準備をするようになりました。

 

 

 

 

*生活

 

 

母親も実は、発達障害の気があります。

子供を朝送り出す母親像を私は知りません。

 

小学3年生の時点で勝手に起きて勝手に食事を済ませて勝手に学校に行ってました。

7時に起きて7時半に家を出るのにこのタイムスケジュールは無理があると気付き

どんどん朝起きる時間が早くなります。

 

最終的に5時に起きて、家事を済ませて宿題を済ませて登校していました。

 

自立しているといえば、していますね。しっかりした子だと思います。

誰にも言われずにここまで出来るのなら、支援なんて必要ないのでは?

 

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*家庭環境

 

両親ともに働いていたので常に寂しかったです。

甘えることができませんでした。

父も母もわたしも整頓が苦手だったので家の中はしっちゃかめっちゃかです。

 

しかし規律ある散らかしだったので失し物が少なかったです。

 

 

音読を聞いてもらう宿題が出て、サインを貰わなきゃならないんですけど、一度も聞いてもったことないし、自分も面倒くさがりですっ飛ばしてました。国語の授業で成果をみるために淀みなく読めるかテストをするんですけれど、記憶力の良さでつっかえることもなくわたしはクラスでもっとも読める子でした。

 

 

家族全員、遺伝的要因から発達障害の気があります。

 

しかし私以外はみんな社会に順応し毎日外にでています。

家庭内では、ベタベタすることも喋ることもしません。

食卓を家族全員で囲むこともしません。相談も助け合いも馴れ合いもないです。

一応みんな各自部屋を持っているのに全員リビングに集ってそれぞれ音楽を流したりテレビや配信動画をみて一気に4つの音が同じ部屋で喚いてる時は流石に狂ってると感じます

 

(わたしはテレビの音が嫌いなので誰もいないリビングが好きです)

 

家事も全員苦手なようですが、最低限のゴミ出しを父がルーティン化してるお陰で

ゴミ屋敷化はしません。洗濯も好きなので溜まりません。

食器洗いや風呂掃除、トイレ掃除、床掃除は誰かが気が向いたらって感じです。

 

母がものに執着し、捨てられないのが困りごとですね。

 

 

*

 

*性格

 

大人しく自分から意見を言ったりはしません。しかしよく人の目を引き目立つ方だったと思います。

また学級委員を務める気質ではありませんでしたが、時々推薦はされていました。

人を馬鹿にしたりいじめることをしなかったので、どの年代でも男子に好かれていたと思います。

 

 

*活字中毒

 

任天堂のゲームが大流行し、我が家にもゲーム機は揃っていましたがどうにも私はゲームではなく本や小説の方にハマっていました。病的なハマり方はしていませんでしたし、しょっちゅう買ってもらってるわけでもなかったので全て読み終えると、母の実家に置いてある小説にまで手を伸ばしていました。

 

アスペルガーの人は本を読むことが苦手な方もいると思います

わかります。私も教科書や資料、ブログ、新聞、全然読めません。

興味のないツイートも頭の中に入りません。

 

小説も構成によって読めないものも多いです。でも、読める文字を常に探していました。

 

 

宿題や長期休暇の課題のアプローチ

デッドライン症候群だったので基本的にギリッギリまで溜め込みます。

親に連れられて大人しかいない暇つぶしもできない環境に行くと分かっていれば事前に課題を持っていきその拘束時間内で解いて過ごしていました。勉強自体は苦ではなかったのでやり始めると集中してすぐに終わらせていました。日々の宿題も翌朝解いてから学校に行っていました。なので、期日だけはしっかり守って忘れ物もほぼなかったです。

 

*趣味

 

一家に一台パソコンの時代が到来します。

わたしが調べていたのは戦争に関することと犯罪と人体構造でした。

そこにしか興味がなかったです。タナトフィリアだと思います。

 

健康

 

相変わらず感染症知らずで強く生きていました。学級閉鎖になってもしぶとく生き残るタイプです。

ツベルクリン陽性反応を示し唯一ハンコ注射を免れる強運というか免疫力を持っていました。

しかし、ずさんな食生活と怠惰な性格で相変わらず学校は休みがちで保健室に行ってサボっていました。

 

発達障害の観点から見ると、ストレスに晒されやすい体質のもと人より多くの休息を必要としていたかもしれません。授業中に寝ることはありませんでしたが、やはり眠気は常に感じていました。

 

心電図には必ず引っかかり、保険医に連れ出され授業中抜けて病院で再検査することも何度も経験していますが、いずれも緊張しすぎとのことでした。

 

幼稚園に引き続き、毎月何かしらで休んでいます

 

1週間休むことを2年生から毎年するようになりました。

 

2年生の時は風邪を拗らせて

3年生の時は母が実家で世話をする為に家を空けがちになった寂しさから仮病

4年生は…覚えていませんが多分高熱が出て様子見で休んだかな?

5年生はズル休みです。母を納得させる為の仮病に磨きがかかりますが1週間も騙すのは大変です

6年生になると母は諦め初めていました。

 

1週間休んでも勉強に困ることはありませんでした

1週間ずっと寝るか漫画を読んで過ごします

 

引きこもり体質でした

 

 

フリースクールに通いたかったんですけど、母が嫌がりましたね

 

 

*診断を受ける

度々学校を長期的に休むようになったニトロをどうしたら良いのか分からない母は学校に相談しました。

主任の先生に「××心療内科を受診するといいよ」と勧めてくれた先が今でもお世話になっている病院です。

 

ここで知能テスト心理テストを受けさせられ、アスペルガー症候群であることがわかりました。

発達障害だと言われて、ひどく狼狽えたことを覚えています。

 

アスペルガー発達障害も初めて耳にする言葉でした。

21世紀が始まって数年経ったこの当時、インターネットで検索するとたしかにその症状に苦しむ子供を持った母親たちの活動記録などのホームページがいくつか見つかりました。内容はとても悲しく、そして学校生活でも普通にコミュニティの中にいたニトロにとって否定しがたい情報の数々でした。

 

 

ニトロはアスペルガーによる二次弊害が強いことにまだ気付いていません

人より多く休息を必要としていること、時間管理が苦手で前もって沢山時間を取ること、睡眠が必要なこと、家事ができない、人の心がわからず怒らせる、友達が少ない、人には距離感を求める、それでも、悩まずにカバーできていたのは愛されていたからだと思います。周囲の人が愛してくれて欠落したニトロを赦してくれたから。

 

期日だけはきちっと守り社会規範から飛び出さず粛々といきていた変わり者ニトロを大切にしてくれた周りの人たちの愛情あってのことだと思います。

 

 

 

こうしてみると、小学生の頃は困ったことは少なくむしろ早熟した出来た子でした。

発達障害には、学校生活はちょっと変わった子程度で済まされ大きな問題なくとも

社会に出て症状に困る人も多くいるとききます。

 

ただ、診断がくだった10年前よりも発達障害の割合は増えてるように感じます。

こうした脳の作りがネット社会の繁栄と共に広く認知されて、

日本特有の空気を読む文化に合わない人たちが自覚し始めているのでしょうか?

 

これを病気と呼ぶなら国民病ですし、全員がなんらかの特徴を有してると私は感じます。

 

 

 

 

ニトロちゃんという人は…

 

 

前の記事ではどうして衝動的にブログを作るに至ったについて綴りました。

 

 

私はネットでもリアルでも誰にも何処でも、自分にASDの傾向があることを開示していません。

 

 

 

 

理由は2つ

*ASDについて知識不足だから
*伝えることで気を煩わせるくらいなら我慢したい  

ですね。

 

何度も何度も「私ってASDなんだよー!」と

 

言いたくてたまらない場面に遭遇はしても

 

自分の伝え方に自信がなくて、

 

結局主治医と母と就労支援の方のみが知る状況となります。

 

 

 

ネットから探し出した『お題』を使ってもう少し詳しく

発達障害を軸に私自身について解答していこうと思います。

 

 

 

 

 


*今の年齢は?

 

20代です

 

ASD診断は小学校高学年のとき

5年周期で身体が動かなくなって社会からドロップアウトする人生です

 


*性別は?

 

女性です

 

もしかしたら考え方は男性的かもしれません

しかし女性としての才能を発揮して生きています

 

 


*血液型は?

 

A型です

 

必ず「AB型?」と聞かれます。

多分、周囲からは偏屈な印象が強いんでしょうね

 

 


*利き手はどっち?

 

右利きです

 

父の遺伝で時々左手も使います。

因みに目が左利きなので、こんな部分にもアンバランスさが出ています

 


*身長は?

 

170ちかくあります

 

隔世遺伝を受け継ぎました

 


*体重は?

 

かなり軽く薄いです

 

代々偏食家の家庭に育ち、かつネグレストの母のもと育った影響で栄養失調気味です

最近ようやく栄養バランスの大切さが理解できるようになってきました…

 

子供の頃からまんべんなく摂れていたら人生違ったかもね…

 

ASDは偏食の傾向が強いです

 

 


*体型はどんな感じ?

 

スレンダーです。よく言えばモデル体型です。

骨格がどれも小さなスケールで設計されており、手脚は長いと思います

 

 


*職業は?

 

前職 某巨大企業の末端で営業職

現在は派遣です

 

営業は天職でしたが、人間関係は“無”でした

 

現在の仕事は毎日が初めてのことなので、

ルーティンのなき世界に合わせるのが大変です

 

 

 


*どこに住んでる?

 

東名阪のどこか

 

ある程度都市が発達している場所でないと住めません

私の場合は環境による神経過敏よりも移動(つまり時間管理必須)に強いストレスを感じます

 

もしかしたら秘境の誰にも会わず済む場所で畑仕事も性に合うかも…?

 

極端な田舎は好きです

空気が澄み渡り、人の気配がなくて過ごしやすいですね

交通機関や運転の煩わしさからも解放されると思います

 

買い物も1ヶ月に一回買い溜めするとか…ね。

 

 

 


*今までずっとそこに住んでた?

 

一度も家を出たことがありません

 

次の就職を機に出たいと考えて一人暮らしの本を密かに買ってます

ただ、定住を求めるので引っ越しは恐らく一度きりだと思います

 

 

 


*使用言語は?(関西弁 とか)

 

家庭で使用する言葉と、住んでる場所と、学校と、職場

それぞれ違ったので方言やアクセントは東西ごちゃ混ぜです。

 

ありがとうが大阪と東京でイントネーション違うんですよね

 


*好きな食べ物は?

 

難しい質問ですよね(食に対してこだわりが薄いというか、好きが多いというか)

近所の寿司屋で食べるサーモンが好きです

 

 


*苦手な食べ物は?

 

お蕎麦が食べられません

感触が苦手です

 

 


*部活は何をやってる?もしくは、何をしてた?

 

球技をしていました

 

運動神経が良く真面目に練習に取り組んでいたので1年生で

多数在籍する部員の中から先輩を抜いてレギュラーを取り全国大会に出場していました。

 

案の定人間関係の構築ができず仲間外れにされていたので

二度と体育会系に所属するものかと誓いました。

 

個人競技を勧めてくれたらなぁと今にして思いますね

 

 

 


*部活でのポジション、もしくは役割は?

 

最も運動量の多いポジション

最も足が速く持久力のある人がつく場所です

横着な性格なのでサボってました

 

持久力…根性はありません

 

やっぱりこうして振り返るとスポーツの才能はずば抜けていたと思います

いじめもあり自分に余裕がなくて自己肯定は極めて低くすごいだなんて思ってませんでした

筋肉のつき方が凄まじく、今は5号だけど当時LLサイズでした

 

 

10代でやめちゃったけどね。

 

昔はASDは「運動神経が悪い」とされていましたが、現在その主張は覆っているようですね

 

 


*視力は?

 

乱視が強くて裸眼ではなにも見えません

遺伝です

 


*趣味は?

 

ないです

強いて言えば文章を綴ることや活字を読むこと

 


*50m走の最高タイムは?(100m走でもOK)

 

中学で6.8秒でした(5月くらいに行う総合体力テストの公式記録)

 

今の時代はもっと速い子いるかもしれませんが、

当時は陸部でもないのに女子にしては異常に速かったと思います

 

 


*持久力はあるほう?

 

大嫌いです

 

でもマラソン大会も10位内から落ちたことはありません

ちびまる子ちゃんの漫画のように、賞状が貰えるんです

 

賞状コレクターでした

 

 


*論理的なほう?直感的なほう?

 

かなり直感的な話し方、考え方をします

 

考えをまとめる前に喋るので、会話を構築しながらまとめていく妙な癖のせいで

(というか頭が良くないので)抽象的イメージに頼り、

この辺りが美大生に勘違いされる要因だと自分は解釈しています。

 

よく美大生に勘違いされて話が進むということが多々ありました

 


*理系?文系?

 

モロ文系に能力振られています

 

勉強しなくても偏差値取れていました

理系は本当才能がなくて反復練習でなんとか点を取っていました

 

一方で素数が好きだったのと、数字に感覚を持っていたので“ある意味で”好きでした

 

 

家系が理数系なんで、遺伝に助けられた部分もあると思います…

 

 


*自慢できることは?

 

飼ってる犬が面白い

 

 

 


*特技は何かある?

 

仲良くしたい人が仲良くしてくれる

 

完全に受動型なのでありがたいです…

 


*テレビゲームはよくやる?

 

全然しません。スマホゲームも一切興味が持てませんでした。

 

小さい頃はゲームキューブにはまっていましたが、

成長とともに時間が取られる恐怖ハマれない自分への嫌悪を感じるのが苦痛で向き合えませんでした

 

 

 


*好きなゲームは?

 

葛葉ライドウシリーズ                    レトロな舞台がいいですね。操作も簡単です。

 

ナルト激闘忍者大戦シリーズ         ナルトはps3ナルティメットシリーズがヒットしてますが

                                                        激忍シリーズの音楽が好きだったんです。操作も簡単だし。

 

ギフトピア巨人のドシンパネポン時のオカリナムジュラの仮面も好きです。

一人プレイばかりですね…

あとはジョジョのASBもハマりました。多分、セリフを聴くのが好きだったんだと思います。

 

 

 

 


*テレビはよく見る?

 

ほとんど観ません。集中力がないんです。

 

全年齢のゴールデンタイムのバラエティが特に苦手です。

 

人を貶め傷つけて笑いを取る今の大御所が作り出したお笑いスタイルに小さい頃から嫌悪感を抱いていました。

いっときネットで話題に上がった《共感性羞恥》が強く出ていると思います。

 

また、本人が望んでもいないのに「脚本、台本」が存在して「お約束」の流れを壊してはいけない場面というのもバラエティではよく目にすると思います。笑いや視聴率の算段が見えて気色悪いというか。

 

これもとても苦手なので、ドキュメンタリーか報道番組かNHKしか観れないですね。

報道番組も操作的なものを感じると見れなくなってしまうので難しいです。

 


 

 


*好きなテレビ番組は?

 


NHKやBS、報道番組、探偵ナイトスクープ

バナナマンが取り仕切る番組なら観ることができます。

 

少ないですね…

 


お金が掛かったドラマも観れます。

母があらゆる配信サイトに登録しているので時々ドラマも観ます。

 

 

 

 

 

 

*漫画はよく読む?

 


小学生の頃は長寿漫画の台詞を丸暗記する程読み込んでいました

今は上の項目同様に集中力の問題でなかなか読むことができません

 


生活ストレスによる処理能力の問題な気がしてきました

 

 

 

 

 

 

*好きな漫画は?

 


ハンターハンター

レベルE

ナルト

ゴールデンカムイ

スラムダンク

 

ジャンプ系が多いですね

 


*動物は好きですか?

 


だいすきです

人間よりよっぽど愛せます

 

 

 

 

 

*犬派?猫派?

 


猫は飼ったことがなく野良猫にも殆ど出会ったことがなくて

私のなかでは、ほぼ幻の存在なんです

 

 

 

 


*好きな性格は?

 


好き嫌いをきちんと言える人

 

 

女子特有の匂わせ文化や上辺がわからないのではっきりしている人でないと

付き合うことができません

 


*苦手な性格は?

 

 


高圧的な人

 

時々人を支配してくる人がいます

犯罪に走りそうで興味深いのですが、苦手ですね

 

 


*パソコン暦はどれぐらい?

 

え~…

2000年時既に家にあったから、18年くらいかな?

 

 

 

 

*パソコンは得意なほう

 

 

だいぶ苦手です

いつも友人からはmac製品をお勧めされます

 

 

 

 

*今目指しているものは何?

 


正社員雇用と安定した生活

 

 

 

 

*尊敬している人は?

 


いないです

好きな歴史上の人物はサルバドールダリとエルザスキャパレッリ

 

 

 

 

*涙もろいほう?

 


すぐ泣いちゃいます

 

 

 

 

 

 

*1日だけ何をしても許されるのなら、何をしてみたい?

 

 

 

え、ほぼニートにそれ聞きます?

 

フルタイムで働いてたら絶対に「寝る」って回答します

 

あ、意図がわかりました。

ジョージクルーニーサルデーニャ地方をデートしたいですね

 

 


*今、一番ほしいものは?

 

 

私名義のタワマン

 

 

 

*これはお金では買えない。と思えるものは?

 

才能と運

 

 

 


*今までで一番感動したことは?

 

 

ないです

 

 

 


*武勇伝はある?

 

ないです

強いて言うなら全国大会に出場したこと

過去の栄光です

 

 

 

*得意なスポーツは?

 


短距離

 

 

 

*人通りの多い道を歩いていると自転車に乗っているおばあさんが倒れた。どうする?

 


すぐ駆け寄ります

 

実際何度もそのような場面に遭遇したことがありますが、

多くの人が素通りしているこの社会がとても怖いです。

 


素通りしていった人たちはみんな日本人特有の集団心理

掛かっているのだとは思いますが、

何故みんなは集団心理に掛かって傍観者になり

私は集団心理に掛からず駆け寄ることが出来るのか?

 


アスペルガーで共感性が著しく低いからでしょうか?

 

 

 

 

*ブログをはじめたきっかけは?

 

衝動です。

自分を知るためのツールにしたいと思います。

 

 

 

*今のブログは何歳?


生後1日目

 

 


*ブログの方針は?


壁打ちです

 

 


ブログをやっててよかったと思ったことは?

アクセス数、増やしたい?

ブログに関しての質問は終わりです。あなたに対しての質問を再開です。

 

 

興味ありません

 

 

*クールなほう?ホットなほう?

 


両方の性質を持っています

 

 

 

*下ネタとかは平気?

 

 

苦手です。(みんなもそうだよね?)

 

 

 

*人見知りは激しいほう?

 

これからも関係が続く相手には人見知りします

一期一会の方には一切の人見知りをしません

 


これも特性が出ているように思います

 

 

 

*ボケ専門?ツッコミ専門?

 

 

全然相手の意図がわからないのでボケの一手になります

大阪の下町で生活するとはなしのオチを持っていくのとボケツッコミの構図ができていて

とても大変でした

 

大阪に住まわれているASDの方はとても苦労なさっているのではないのでしょうか?

それともわたしの周りが話し上手で構成されていただけ?(ステレオタイプ大阪人ばかりです)

 


*一人でいるほうが好き?みんなで騒ぐほうが好き?

 

どちらも好きです

しかしやはりどうしても神経を休めたいので一人でいる時間の方が好きです

 

 

*ついついやってしまう癖は?


分からないことがあるとすぐにスマホで調べる

 

…気づかない癖はたくさんありそうです

 

 


*日本ランク10位以内には入るであろう能力は?

 

 

過去に観た映画ならコンマ1秒で作品名が言えること

でも10位以内には入れないですね


サヴァンには及びませんが、おそらくアスペルガー 特有の優れた記憶力が特化しているのだと思います

や、役に立たね〜〜生活で必要な短期記憶を養わねば

 


*人によく言われることは?


変わってる

 

ASD由来だと思うとなかなか噛み砕けません

額面通りに言葉を受け取ってしまいます


普通が難しいです、普通に憧れます

 

 


*即興でダジャレをどうぞ。

 

五月雨にさ、乱れるか

 

 


*朝型?夜型?

 

夜型です

過睡眠の影響が強く朝起きる時間が遅く早くに眠るので課題の一つです

 

 


*好きな季節は?

 

 

 


*好きだった給食のメニューは?

 

ソフト麺のミートスパゲティ


給食といえば

 

 

4時間目の授業が12:25 に終わる


配膳の準備(約20分


食事開始  だいたい12:45 いただきます


食事の時間(15分間)←少なすぎません!?!?!!


給食の片付け


13:10 掃除開始 食事強制終了

 


この時間管理が大変で、いつも食事量をあらかじめ減らしてコントロールしていました

もっとゆっくり食べたかったですね

 

あとは残飯をする罪悪感の刷り込みも嫌ですね…

 

わたしは最初に減らすことをしていたので罪悪感から免れることが出来ましたが『最初に減らす』選択肢が頭の中に出来上がってないと難しいと感じます。本当にこの感覚が難しいんです。繰り返しますがわたしには運良くこの行為がルーティン化されていましたが、正直できていない子供の方が多かったと思います。

 

時間感覚 15分しかない中で食べきる を教えてくれたら『最初に減らす』ことはすんなりと出来ていたと思いますね。わたしはあと5分あと3分と常に時計と睨めっこしていたのを覚えています。12:55までに牛乳を飲んでデザート食べて片付けをする…というふうにね。またブログに書きたいと思います。

 

 


*この世で許せないことは?

 


ルール違反

苦手です

 

 


*幽霊はいると思う?

 

 

大体は脳の誤作動や勘違いだと思いますが、

どこかにいると思います

 

 

*宇宙人はいると思う?

 


わかんない(興味ない)

 

 


*神様はいると思う?

 


いた方が世界は楽しいと思うよ!

 


日本にはいっぱい神さまがいる文化の上で生活が成り立っているので

大切にしたいと思う

 

 

*日々心がけていることは?

 


最近だと…夕飯をなるべく早い時間に済ませる

胃が荒れて痛いんです

 

壊滅的に家事ができないので、今後ASDだからこそのルール作りを敷いて

ある程度のルーティンを作った家事と生活の一環を考えられたらなあと思います

 


*悩み事は多いほう?


鈍磨な特性を持つので、少ないですね

あまり長期的に悩んだりはしません


しかし、自覚のないストレスで身体に影響が出ています

 

 

 

*得意科目は?


現国

 

人の心に対して回答はいつも間違えるのにどうして文章だと正確に読み取れるのだろう

賢い人が構成しているから…?

 

 

*苦手科目は?

 

物理


なんか結局ひとつも理解できなかった 大学でも取ってたんですけどね

記憶力だけは良かったのでゴリ押しでテストの点稼いでいたと思います

 

 

 

*オシャレには気を使うほう?

 

使えないですねェ

制服は本当に有難かったです

 


月額でトータルコーディネイトの洋服をレンタルする制度が

今普及しているので、生活が落ち着いたら絶対に利用したいです

 

 


*寒がり?暑がり?

 


感覚鈍磨なので、、、気付きません

 

 

*宝くじは買う?買わない?(もしくは、買いたい?買いたくない?)

 

 

興味ありません

でも無欲なので手堅く当てていく予感はします(謎の自信)

 


*自分の容姿について、どう思う?

 

人並みですが、心がアンバランスなのでなにかが足りない気がします

あとは細すぎて不健康そう

 

 

*過去の自分にひとこと言えるとしたら、なんと言いたい?

 

チョコラBBドリンク飲んだ方がいいよ

 

 

 

*即興であるあるネタをどうぞ

 

アスペに無茶振りは禁物です

 

 


*自分の嫌いなところは?

 

 

なにかが欠けていること

それがなんなのか具体的にわかってないこと

 

 


*自分にとっての宝物は?

 


iPadといぬ

 

 


*20年後の自分のイメージは?

 

既に死んでそう

 


*過去と未来、どちらかに行けるとしたらどっち?

 


90年代に強い憧れを持っているので絶対に過去

明治時代にも行きたいし江戸時代も行きたい

 


だって開国後英国人がこぞってツアーを組んで極東に来る国だよ

面白いそうだしさぞ幻想的な風景だったんだろうなあ

 

 


*無人島に漂流しました。まず、することは?

 


寝床の確保

 

 


*性格似てるなーって思う有名人は?

 

 

川田祐美アナウンサー

 

 

 

 


*自分をドラえもんの登場人物に例えると?

 

 

ドラミ、、、?

ドラえもん詳しくないからわかんないや

 

 

 

 

*自分の知りうる限りの難しい言葉は?

 


爾靈山嶮豈攀難,

男子功名期克艱。

銕血覆山山形改,

萬人齊仰爾靈山。

 


コピペです。

乃木希典が旅順総攻撃作戦を終えた後に心を痛めて綴った漢詩です。

 

 


*愛と恋の違いは?

 


文学性でしょうかねえ

 

 

 

*自分はいつ死ぬと思う?(あと1割!)

 


そろそろかな 自然死で

 

 

 

*未来に期待していることは?

 


もっと合理化してほしいですね

企業の悪習も社会の悪習もお人好しから成ってると思うんで

 


合理化された未来は発達障害を持つ人にとってはさぞ生きやすい世界かと思います

 

 

 


*60%の確立で5億円もらえるが、はずれたら死ぬゲーム。やる?

 


やります!!!!!!!!!!!!!!

やるでしょ、死にかたの詳細も教えてほしいけどこの場合大概ヘッドショットなり首吊りなり人道的死が与えられるので、死すらご褒美になるからやりますね。やらせてください。

 

 

 

 

*"空を飛ぶ能力"か"水中を自由に泳ぎまわれる能力"。どっちが欲しい?

 


空飛ぶ能力でしょ

水中の能力、、、研究職か余程海が好きシュノーケリングが好きな人以外必要なくない?

 

 

 


*自分中心に世界は回っていると思う?

 


不可視論者なので自分中心です

アスペルガー 特有ですね

 

 


*あと5問です。ちょっと難しい質問にしますが、覚悟はいいですか?

 


どぞ

 

 

 

*ネット上の自分と、現実の自分の違いは?

 

 

美少女に思われてる風潮まじでヤバイ

オフ会行けない

 

 

 


*あなたの思う"平和"とは?

 


人の心を失くすこと

 

 

 

*98×20はいくら? 暗算できる?

 


1960


0を放置して2を暗算する

 

どうだろ98を100と考えて最後に2×20を引いた方が求めやすいか

 

*人生やり直したい?

 


やりなおしたいですねえ

才能はあったけどそれ以上に生活能力が破綻していて今可愛そうな生活を送っています

 

 

 

*このバトンはどんな感じでしたか?

 


疲れました

 

分かる人には分かると思うんですけど、

ちょこちょこASDの特徴が著しく出てる回答をしていると思います

 

 

途中で質問の意図をわかっていなかったりしながら長いお題を答えました。

 

 

 

 

 

 

完璧じゃなくていいと思います。

ただ自分をストレスから守るために、自分を知る必要があるのも確かですね

 

 

 

 

 

 

 

...自己紹介、アスペルガーです…👻🎶

 

 

 

自己紹介



はじめまして

 

名前をニトロちゃんといいます。

 

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年齢は20代で、日本在住。前職は営業。

今は派遣をしながら就職活動をしています。

 

 

家族構成は

父母5つ離れた弟と犬

 

 

地元から一度も出たことのない狭い世界の中を生きている

トロちゃんは小学生高学年の頃、アスペルガー症候群という診断が出ました。

 

 

 

そこから大人になるまでなんとなく自分を「アスペルガーなんだなぁ」と思いながらも

支援を受けることもなく、改善策を取り繕うこともなく、実態を知ろうともせず、

 

 

だらだらと人生を費やしてきました。

 

 

 

そしてなんとか大人になり大学を出て、社会人になったニトロちゃんは毎日が大変でした。

 

 

人の気持ちや指示がわからなかったからです。

 

しかしなにより困ったのが過睡眠の症状でした。

 

人よりも頭を使ったり刺激に弱く(そしてストレスに無自覚)、

結果として1日の締めくくりに貪欲に睡眠を貪ります。

 

 

なんとか数年この職場を異動することもなく勤めていたものの、諸々のことで

最終的に感情がメルトダウンをして、ボロボロだった身体は動かなくなり退職することとなりました。

 

 

悲しい結末ですね。

 

このたび「適応障害」の診断がでました。

 

 

他にもあちこちに欠陥が出て婦人科、内科、耳鼻科、神経科、皮膚科にもお世話になっています。若くして続々と診断名が下り一時期は薬の量がえらいことになっていました

 

 

 

 

辞めた当初は「ブラックな職場だったから職場環境のせいだろ」だなんて責任転嫁をしていましたが、

 

私自身の欠落した部分も作用し悪循環が巡り巡って自分にきて、

こうして体調を崩し精神が疲弊していることがだんだんと解ってきました。

 

 

離職して3年経ってやっと、自覚するに至ったのです。

 

 

 

 

自分は本当にアスペルガーなのか?と疑問に思う時期もありました。

 

 

 

三大要素と言われる謂わばステレオタイプ

 

*コミュニケーション不全
*変化への抵抗、柔軟性の欠如
*対人関係の障害

 

 

この3つに私自身は順応していると勘違いしていたからです。

 

特に私は営業の仕事をしており、実売成績がかなり良かったのもあって

(この仕事、天職じゃねーの?)と思い上がるまでに至っていました。

 

 

 

再び壁にぶつかったのは、現在就職活動をしている最中のことです。

 

 

就活といえば、自己分析面接ですね。

 

 

 

人に喋らせるのは得意だけれど自分のことを話すのはなによりも、厭

自分をないものとして考え生きてきたニトロちゃんにとって自分語りは地獄の苦行です

 

10社面接しましたが、一度も自己分析を行わず強行している点も無理があります。

 

(だっていやなんだもん…)

 

 

自己分析はまだしも、コミュニケーション能力を見られる面接はもっと大変です。

 

なんと私、散々営業をしておいて相手が何を考えているのか瞬時に分かる能力を鍛えておきながら、

 

面接官が意図する言葉の裏を汲み取ることができなかったんです。

 

 

 

散々たる結果で現在ほとんどの企業からお祈りを頂いております。

 

 

ここで久し振りに「自分はアスペルガー」と強く自覚しました。

 

 

 

3年前に先生が仰ってた言葉

 

次は働きやすい環境を見つけられるといいね

 

 

を今更ながらに思い出し、

 

『あ!からだがうごくぞ!就活しなきゃ(無計画)」

『3年もブランクあるんだし拾ってくれる会社ならどこでもいいわ!』

 

だめじゃんこれ、前職の教訓活かしてすらない…!

と反省しました。

 

想像力が欠如しているので目先のことしか考えることができないのもかなり危なっかしいです。

 

 

 

しかし、客観視することができない私は「誰かに教えてもらう、導いてもらう」ことが

 

自分には必要であることもわかってきました。

 

 

 

 

 

 

時間もあり、体も動く今こそ、私は自分を見つめ直す貴重な時間なのではないか?

 

と思うに至り、取り急ぎブログを開設するに至ります。