どうも人間として生きる才能がないようだ

アスペルガーの就職活動日記〜果たして自立できるのか?〜

度重なる震災、心よりお見舞い申し上げます


つらい報道が駆け巡る日々、心を痛めております。
一日も早く災害に遭われた皆様の生活が元に戻りますよう
祈りいたしております。













以下は、ASDである私の感覚に沿って綴ります。
このように考えているひとつのサンプルとして捉えてください。

日本に歴史的な災害が起きたとき、私はその瞬間に一体何をしていたのか
忘れないように努めています。直ぐに思い出せるように。


9月4日 関西を襲う台風

この日は、私は企業面接を控えておりました。
数日前から直撃すると繰り返し報道がなされていたので
交通機関に影響を及ぶ恐れがあるため
前日午前中に企業の採用担当にコンタクトを取り、
面接日を先延ばししてもらうことにしました。
(後日、この行動は評価されています)


9月6日3時 北海道大地震

そのとき私は大好きなイラストレーターさんと通話している最中に
大きな地震を知りました。ただ、ツイッターでは誰も騒ぐ人がいなかったので
大したことないと思っていました。翌朝ニュースを見て絶句しました。








大きな災害のニュースを見ると、悲しくなって涙が溢れてきます。
今、ブログを打ち込んでいる最中も涙がこぼれそうになって必死です。

実際に被災していない私が何故悲しくて堪らない気持ちになるのか?
普段の生活で、よく知る友人に大きな不幸が降り注いだ際に全く心を痛めない
冷血人間にも関わらず、災害の報道をみると悲しくて苦しくなるのはなぜだろう。

共感性が高いからだろうか
それとも、時間を追うごとに被害総数があらわになり
「時間軸」と「数字」と「感情」が連動するからだろうか


私は幸運にも、人生で一度も被災をしたことがありません
大雨が降って地下鉄が使えなくなって帰れなくなったり
先日の地震で大阪全線がストップし移動ができなくなったり
東日本大震災の際も帰宅難民になったりなど、足留め程度です
いずれも、少しの我慢ですぐに解消されてきました。



災害という目に見えない大きな脅威が未知数であるがゆえに
怖くて泣けてくるのかもしれない
実際、生活が一変しその対応に苦しむのは想像に容易い


ただ、なにより人が死ぬ数が恐ろしくて泣けてる気がします。