どうも人間として生きる才能がないようだ

アスペルガーの就職活動日記〜果たして自立できるのか?〜

ニトロちゃん、生まれて初めて発達障害の人と会う

ブログを読んで下さった方から


>また、これから自分は自閉症を持った人に直接会って話してみたいなあと思ってるのですが。ニトロさんの記事で就活の時にそういった活動をされたと書いてありましたが。どういった方法でそういう繋がりを持てたのか、とか実際会ってみてどんな感想を抱いたとか、もしよければ記事などにしてくれたらうれしいです!

とリクエストをいただいたので記事に纏めたいと思います。


ニトロが就活を通して発達障害の方たちと会ったのは
就活支援機関を利用したときです。


まず、きっかけは面接でお祈り続きにより社会からの拒絶感に絶望したニトロは
帰りの電車ネットで「ブランク 面接 落ちる」だの「面接 突破できない」だのと調べていました。

日頃から発達障害について検索していたせいか、
広告に「発達障害の就職サポート」といったサイトがいくつか出てきていたので
前々から存在は知っていましたが、これまでの人生でそういった機関を利用したことが
なかった為、かなり躊躇しました。

ASDにありがちな思考回路です。未知のものに触れたがらない性質)


小学生の頃に診断がくだっていた自分は「今、この就職支援を受けるべきなのでは?」と思い
ある程度の情報を調べた上で一番開放的な雰囲気を出していた支援サポートのサイトを開き
すぐに電話をして機関に予約を取りました。





それから面談の日が来て、概要を聞きに伺いました。



ニトロが行った先は「最終的に就職の定着を目指す機関」ではあったものの、
発達障害を起因とした生活リズムの乱れや社会性をここで養うことを主題としていたので
かなり肩透かしを食らい、戸惑ってしまいました。

なぜならニトロは既にこの時、派遣で仕事をしており昼夜整った生活を送り一応社会に順応していたからです。
早く就職したいニトロに対して、焦らないで大丈夫と言う職員の方に温度差を感じたのも事実です。
また、ハローワークのような個人面談ではなく毎日決まった講義を通して集団生活や社会性を身につけ技能を身につける言わば学校のような形態をしていました。



私としては、発達障害という診断に基づいた自覚はあるものの
それにどう対処し、そして就活に活かすことができるのかを
知りたかったので欲求とここで受けられる支援内容はだいぶ差異があります。


それから体験を受けさせて貰いました。
この時にニトロは他の受講者の方々とお会いする機会に恵まれました。

色んな方々が利用されていて、そして最も驚いたのは
誰しもみんな、優しくて、おっとりしていて、思考回路が美しかったんです。

本当にこのことについては、涙が出そうなほどに感動しました。
発達障害を持つ方というのは10人に1人と言われるマイノリティな人種でもあります。
その比率が逆転し、職員含めて発達障害の方が多い環境というものに初めて身を置いて
こんなにも居心地が良いものかと驚きました。

例えば、似たような環境の学校で自分を当てはめると
自分のペースを守るために自閉世界を作り独善的な態度で
人から少し距離を置いて講義を受けます。
処理速度についてかなり数値が振られているので
何に関しても動作の速い私は誰よりも速く作業を終えて、
時間を持て余し、スマホをイジるのでイケ好かない女の子の印象が付き纏います。
次第に定型の人々も作業を終わらせると同じタイミングで作業を終えた近くの友人と
お喋りを始めたり空気が緩み始めますが、私は硬いまま最後まで同じ姿勢を崩さず終わります。
このちょっとしたみんなとの違いで変わり者として呼ばれてしまいますが、自分は変わりたくないので放っておきます。

ところが、ここの機関ではやはり私は作業スピードが速いことに変わりはありませんでしたが
全員が自分を守るために自分と他者に線引きをして生活しやすい環境を整えていました。
一生懸命にものを考える姿勢にも好感が持てますし、その思考回路は理路整然としていてどの方からも
知性を感じ、単純に、すごいなと思える人しかいませんでした。本当です。
それに私のこうしたスタイルを変に思う人もいませんでした。
全員が自主性を大切にしていたので浮くことがなかったのです。
馴染む努力をする必要がない点はノンストレスですね。


また、おっとりした人が多いことについてはもしかしたら地方都市という地域性も出ていたかもしれません。
このことについては、ニトロが仕事を辞めて派遣として初めて地元で働き、地元の人の方言に驚き仕事の速度に驚き、そして案外優しいことを知りました。






さて、ここで受けられる講義内容についてですが既に社会経験のあるニトロからすれば
どれもこれも当然にこなせてきたものばかりでした。
日本人として上手く生きる基本を教えようとしていました。


この時、なぜ世間知らずの凹凸を持ったニトロが
しっかり時間を守ったり、人とコミュニケーションを図るポーズを取ることができるか
一つのことを思い出しました。小学校6年生のときの担任の先生のおかげです。

担任の先生は、太っちょで体も声も大きい40代の怖い先生でした。
その厳しさから生徒たちからは恐れられ、嫌われていました。

実はこのことを思い出す今の今までこの先生について
良い印象を持ってはいませんでした。
先生が口を酸っぱくして何度も言っていた言葉は現在の私の行動に染み付いています。

5分前行動(授業前に教科書ノートを並べる)→次の動作をスムーズに行える
廊下を走ってはいけない→人とぶつからない
人の話を聞く時はおへそを向けて、頷く→人との信頼関係の構築

この教えは理にかなっているので今でも大切に守っています。

たぶん、5年生までも誰よりもきちきちっと学校生活を送ることはできていましたが、
言葉として律するものを繰り返し教えてくれたのはこの先生だけです。

この先生のやり方は、ASDを持つ私にとって最もわかりやすい教え方だったんですね。
とても遅くなってしまいましたが、先生に感謝しています。


話は戻りますが、そんな小学校で習うことを大人になって勉強し直すことはとても退屈でした。
一生懸命難しい方へと議題を分解し再構築させてレポートを提出して違う意味で大変でした。



私は、持て余していましたね。


きっと、今ここにいる人たちは私のように的確な言葉で教えてくれるような先生と
出会うことができなかったんだと思いました。

私の時代はまだ発達障害という言葉自体が知られておらず
教育界でも浸透していなかったと思われます。
なので、私のようにちょっと変わった子供は40人以上在籍するクラスを
コントロールする上で邪魔にならなければ徹底的に排除傾向にあったかと思います。

また、次の記事で先生たちとの関係性を書きたいと思います。




ここ就労支援機関でいちばんの収穫は発達障害の方との接触でした。
私は私以外の発達障害を抱える人と会話をしたことがなかったので
大変興味深いものでした。

こうして他の人と会い、話すことは自分を客観的に測ることができます。
私は他の人たちとコミュニケーション能力の点について比較すると
かなり軽度なものであることもわかってきました。


なので、他の方たちと比較して自分の位置は

極めてボーダーラインにいるものの、脳の使い方や考え方の特徴はASDそのものです。
また、ADHDの傾向は極めて低いので凡ミスは少なく
ASDが作り上げたマイルールに基づいてほぼ完璧に近い状態で日々の生活を送っています。


ちなみにいうと、私は強迫観念についても薄いです、、、、
ただ、ないとは言い切れませんね。
ないけど、このルールで困るどころか脳みそ省エネ化が進んでいるので
機能としてありがたく感じています。





私はもっと、個人個人のASDの話を聞きたかったのですが
休憩時間が極めて短いので誰かと個人的に話すことはなく
講義を通したワークのみが唯一のコミュニケーションでした。

数日の体験を通して楽しかったのは、私以外の発達障害を抱える方々と
お会いできたことです。
また擬似的学校も面白かったです。
しかしその内容は退屈で苦痛に近いものがありました。

あとは、生活リズムを整える目的があった為
朝早いのも私には苦痛のほかならなく何度も電話で
休みの連絡を入れました。



以上体験談です。

発達障害のことをもっと知りたいので講演会などに
参加してみたいんですけれど、ネットで調べる限り
私が行ける範囲内では行われていないみたいですね。